好奇心と運の強いヤツだけが一流になれる! 特別対談 松本大×三田紀房(その1)
外資金融で何をしていたか?
三田:僕、松本さんとお会いするのは初めてなんですが、本当にトレーディングの奥底まで知っていらっしゃるという印象を受けます。そもそもどういう経緯で自ら証券会社を立ち上げたのですか。
松本:大学を卒業して、そのまま外資系投資銀行に入りました。今はもう証券会社名としては残っていないのですが、ソロモン・ブラザーズというところですね。当時は「キング・オブ・ウォールストリート」なんて呼ばれていて、とにかくトレーディングの天才がわんさといる、そんな会社でした。
で、まあ外資系なんかに勤めていると転職の話はよくあるもので、ゴールドマン・サックスに移籍したのです。当時は両社とも東京・赤坂にあるアークヒルズに入っていましたから、エレベータに乗って転職先に向かいました。
三田:ははは。それは傑作。でも、外資系金融機関で何をしていたのですか。
松本:トレーディングにどっぷりつかっていました。最初の配属が債券部というところで、米国債などの債券を売ったり買ったりするのです。ただ、ルーキーにいきなり大金を与えてトレーディングさせるわけにはいきませんから、最初は外部のお客様から来た注文をさばくのが仕事でした。
三田:外資系金融機関のお客様って、どんな人なのですか。
松本:たとえば日本の生命保険会社はお客様です。彼らは保険契約者から集めた保険料を、米国債などで運用していますから、そういう電話がかってくるんです。「米国債を100億円分買いたい」なんてね。そこで私は米国の債券市場へ注文をつなぎ、売買を成立させることで手数料を頂戴するわけです。そんなことを繰り返しているうちに、今度は「自己売買」といって会社から運用の枠をもらい、債券のトレーディングを任されるようになりました。