エコノミストたちの栄光と挫折 路地裏の経済学 最終章 竹内 宏 著 ~長銀調査部とともに一つの時代が終わる
これは書かれるべくして書かれた本である。ある時期まで、いや現在でもエコノミストという言葉は日本でしか通じない独特の意味を持っている。
本書はその日本型エコノミストがどのように生まれ、何をなし、そしてどのように一つの幕引きを迎えたかを語る。その語り部は日本長期信用銀行調査部・総研の顔であった竹内宏。『路地裏の経済学』などで一世を風靡したエコノミストである。日本経済の歩みと竹内氏の個人史が織りなすこのエコノミスト論は実に興味深い。
竹内氏が喝破するようにエコノミストは何よりもサラリーマンである。実務家として彼らは使えるかどうかという観点から経済学に触れる。通常、経済学の歴史は経済学の理論的業績をたどる。しかし裾野が広いからこそ頂きも高くなりうる。長銀調査部は産業連関分析や計量経済学、産業組織論の日本経済への応用に力をいれた。こうした経済学の利用に着目した本書は貴重である。
サラリーマンとしてのエコノミストは組織人である。長銀調査部は長銀と命運をともにした。存在理由の脆弱な長銀は監督官庁である大蔵省に逆らえなかった。座持ちのために大蔵官僚接待の宴席に調査部長も同席した。1971年に円切り上げを提言して大蔵省・日本銀行の不興を買い、『調査月報』の回収・訂正を余儀なくされた。また平成大停滞において不良債権について書くことはタブーであった。こういう経済言説への制約について語っている点も重要である。
長銀は調査のプロを育てるために調査部に人材を囲い込む戦略をとった。結局それは調査と経営のかい離を生み、失敗に終わったという。本書で触れられている旧興銀や他の銀行調査部と合わせて、調査と経営の関係もこれまであまり論じられてこなかった。しかし、おそらくこの時代を生き抜いた多くの日本のサラリーマン同様に彼らは誇りを持って仕事に打ち込んだ。巻末の長銀調査部・総研出身者著書リストはエコノミストの矜持のあらわれである。
1950年に死んだシュンペーターが1970年まで生きていたかのように読める誤りはある(100ページ)。しかしこれは瑕瑾にすぎない。私は路地裏に目配りする観察者竹内宏の方法論がもう少し強調されるべきだったと思う。理論と計量分析が発達した現在だからこそ、経済学者には観察力が問われる。そこにこそエコノミストの一つの意義があったのかもしれない。
長銀調査部とともに一つの時代が終わった。ここから先は歴史家の仕事でもあり、本書を受け止める読者の仕事でもある。
たけうち・ひろし
静岡総合研究機構理事長、静岡新聞論説委員、価値総合研究所特別顧問。1930年生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行入行。同行専務取締役・調査部長、長銀総合研究所理事長、静岡文化芸術大学特任教授など歴任。
東洋経済新報社 2100円 350ページ
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