苦節10年「東京ポッド許可局」が人気の理由 自主制作から地上波へという「奇跡」

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マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。「作詞作曲ものまね」という芸で有名。俳優業では、「苦役列車」で第55回ブルーリボン賞新人賞、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」出演ほか(写真:オフィス北野提供)

マキタ:それが「10万ポッド許可局」というイベント。チケットも即完売。

タツオ:僕らこれまで100人のお客さんを呼ぶのに苦労していたのに、08年に始めて、最初の2000人規模のイベントが11年の日比谷公会堂だったんですよ。プロジェクトとして考えたとき、わずか3年で2000人キャパを集められる芸人は、多分今もいないと思うんですよ。これは異常事態だなと思ったんですよ。ネットの片隅から出てきた、おじさんが、3年で2000人集めるってありえない話だと思うんですよね。

マキタ:当時、「どうやって人を集めてるんですか」ってよく聞かれました。結構な人気者、テレビの人気者って意外とイベントでは集客できないんです。

タツオ:しかも3人は別にイケメンで売ってるわけでも、ネタ番組に出てるわけでもない。だからこの番組って、時代に選ばれてるところがあるんだろうな。僕らが意図せずに、ガチッとハマったところがあるんだろうなと感じてました。

鹿島:裏街道走ってきた僕らなんで、ネットには本当に救われたと思っています。

リスナーとSNS

プチ鹿島(プチカシマ)/1970年、長野県生まれ。時事ネタを得意とする自称・時事芸人。タブロイド紙報道から世相を読むのが彼のスタイル。著書に『教養としてのプロレス』(双葉新書)ほか(写真:オフィス北野提供)

鹿島:業界の関係者とかもよく聴いてくださってたんですよ。

タツオ:番組のリスナー(聴取者)のことを「許可局員」と呼ぶんですけど、現場に行ったら小さな声で、「許可局員です」って言われます。

マキタ:秘密結社なんですよ(笑)。

タツオ:大きな声じゃなく、静かに「許可局員です」って言うメンタリティーがおカネを払い、時間を押さえ、イベントに足を運ぶというメンタリティーと直結しているから、イベントにお客さんが来るんじゃないかな。

鹿島:あとラジオとSNSって親和性がとても高くて、僕らが自主でやってる時から、ラジオ好きに見つかり、その情報がSNSで広がって、共有され、登録者も増えていく。そのからくりの面白さにも気づきましたね。

タツオ:聴いてる人に語りかけない、という演出は最初から意図していました。それは喫茶店に入ったら隣のテーブルで、興味深い話をしていたぐらいの感じで、聴いてもらえればという思いからです。

鹿島:実際「喫茶室ルノアール」で収録してました。

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