そんな矢先に、伊吹くんの主治医から産科医療補償制度について知らされた。医師から「きっと認定されるケースだから」と勧められたので出産施設に申請を頼むと、医師はすぐに分娩記録を出してくれて、スムーズに事は運んだ。のぞみさんは、無事に補償金と分析報告書を受け取ることができた。
「これが報告書です」
筆者が報告書の感想をお聞きすると、のぞみさんは複雑な思いを話してくれた。
「私はこの報告書を目にすると、出産時の状況が鮮明にフラッシュバックしてしまいます。だから、その苦痛に耐えながら医学的な文章を読むのは、とても大変なことでした」
原因分析報告書の文章は、「一般の人にもわかりやすく書く」ということになってはいるが、実際に拝見すると、かなり医学用語が多かった。報告書には医学用語の解説がついていたので理解はできたが、本当は誰かに会って、平明な言葉で解説してほしかったとのぞみさんは言う。
報告書では、医療行為は場面ごとに細かく評価される。のぞみさんの報告書には「一般的である」という表現が多かった。
「あいまいな表現ですよね」
のぞみさんが誰かに話を聞きたかったもう一つの理由は、医療が適切だったのか、そうではなかったのかについて、もう少し踏み込んだ言葉が欲しかったからだ。
調査をしてもらえたことはよかった
それでも、産科医療補償制度がないときは、親は、病院を訴えないかぎり、どんな医療を受けていたのか詳細を知る機会さえなかった。医療の評価には、あらかじめ決められた表現が使われている。たとえば、医療のレベルが高ければ「優れている」「的確である」などと書かれ、低ければ「医学的妥当性がない」「劣っている」「誤っている」などと記される。「一般的」は中間にあたる表現で、委員会は問題ありと判断したわけではなかった。
「裁判を起こさなくても、こういう調査をしてもらえたのはよかったと思います」
のぞみさんは、総体的には、産科医療補償制度があることに感謝していた。賠償金が支払われたことも、介護のためにそれまでのキャリアを断念し、収入もなくなったのぞみさんには大きな安心になった。
今年、のぞみさんは、「病児服」の製作・販売を行う「パレットイブ」という子供服メーカーを立ち上げた。新しい分野で、一歩を踏み出したのだ。
パレットイブの服は、体にチューブがついている子もらくに着替えさせることができ、柄もポップで楽しく、まさに母親が母親のために作った製品だ。このようにのぞみさんが気持ちを前に向けられた背景には、もしかしたら、産科医療補償制度を受けられた安心感もあるのかもしれない。
しかし、産科医療補償制度は、申請すればだ誰でも認定されるわけではない。
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