日本人の大半が知らない「脳性麻痺」の真実 発生数を減らした補償制度の成果と残る課題

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この制度では、新生児が分娩に関連して発症した重度の脳性麻痺であると判断されれば、医療側の過失の有無には関係なく、親へ補償金計3000万円が分割で支払われる。申請は分娩機関に依頼する必要があり、5歳の誕生日まで可能だ。伊吹くんもこの制度での補償対象となった。

奥井のぞみさんは、7歳になる伊吹くんを在宅医療でみている。夜中も吸引などのケアが必要なので、伊吹くんの傍らで眠る(撮影:河合 蘭)

制度の特徴は補償金が支払われるだけではない。出産施設で行われた医療が第三者の立場から詳しく分析される。その分娩で実施された医療の妥当性が評価されて、親と出産施設に報告書が送られてくるのだ。ただし、その目的は裁判のように医療者や施設の責任を追及することではない。ケースから学ぶこと、つまり「再発防止」である。

脳性麻痺の発生数は減少傾向にある

今、脳性マヒの発生数は実際に減少傾向にある。制度発足後3年間の発生を見ると、正期産もしくはそれに近いグループでは362件から23%も減少して280件となった。原因分析委員会委員長の岡井崇氏(愛育病院院長)によると、成熟して生まれる子の脳性麻痺が減少したという報告は、世界的に見ても前例がないらしい。上がってきたデータから改善点を取りまとめた報告集を出し、問題を繰り返した施設には別途に改善要望書を出すといった再発防止への努力が数値に表れているのだ。

この制度ができた頃には年間80件台だった産婦人科の訴訟件数も、最近は50~60件台で推移している。産科医療補償制度の補償を受けても訴訟を起こせるが、そうしようとする家族が減ったということだ。産科は訴訟件数が他科よりずっと多いことが若手医師に敬遠される一因となっていたので、これは出産場所を安定的に確保する助けになるだろう。

ただ、この制度は医師の労働環境改善や医療の向上のためだけにあるわけではない。すでに重い脳障害を負った子どもと、その家族の生活を救済する制度でもある。

産科医療補償制度のサイトにあるデータによると、救済の対象となった子どもの9割近くが在宅で生活している。そして約2割の子は人工呼吸器をつけ、半数近くの子どもは胃ろうなど経口以外の方法で食事を取っている。

伊吹くんもその一人だ。伊吹くんを出産した後、個人産院の医師は「赤ちゃんを守ってあげられなくてごめんなさい」と、のぞみさんに謝った。そんな医師を、のぞみさんは責めることができなかった。もやもやした気持ちが、まったくなかったわけではなかった。何かが違えば、結果も何か違ったのではないかという思いは、簡単に払拭できるものではない。でも誰を責めればいいのかというと、のぞみさんにはその対象が見つけられなかった。

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