欧州「怒りの反観光デモ」は京都でも起きるか バルセロナ・ベネチア住民が訴えたこと
ここで大切なのは、この2つのケースの教訓を日本がどう生かしていくかでしょう。
観光に反対する方の多くは、京都の混雑をバルセロナやベネチアの問題と重ねていますが、残念ながらこの2つはまったく別ものです。京都だけではなく日本の観光都市は、バルセロナやベネチアが直面しているような問題のレベルになっていません。
ご存じのように、京都は、観光都市としての「評価」は非常に高く、特に近年は旅行好きの外国人から熱い視線を集めています。ただ、だからといってバルセロナやベネチアと同じレベルの観光都市かというと、残念ながらそうとは言えません。
Euromonitorの「外国人宿泊数観光都市ランキング」(2015年)を見ると、バルセロナは第25位、ベネチアは第33位です。一方、京都は世界で第89位。ちなみにバンコクは第2位、ローマは第13位となっています。イアリアの観光都市はおろか、ベトナムの観光都市のうち4つが、京都よりも上位となっています。
では、京都の魅力がこれらの都市に劣っているのでしょうか。そんなことはありません。
これまで著書で繰り返し主張しているように、文化財の数やその多様性、奥深さなどを鑑みると、京都はベトナムの観光都市どころではなく、間違いなく世界トップレベルの観光都市になれる潜在能力をもっています。ですから、それを認めている外国人観光客たちの「評価」はうなぎのぼりになっているわけですが、観光客数という「実績」でいえば、ほとんど潜在能力を引き出せていません。
要は、宝の持ち腐れなのです。現状の日本にバルセロナやベネチアで起きていることをそのまま当てはめても建設的な議論にはならないのは、言うまでもないでしょう。
「マス格安観光」偏重を改めよう
もちろん、他山の石として学ぶべきことは大いにあります。なかでも真剣に議論すべきは、「マス格安観光」をどうとらえるかでしょう。国の観光戦略とそれを実行する行政がいちばん大事です。
前回(外国人観光客は「どの国」から呼ぶのが賢いか)も言及しましたが、いまの日本は中韓という周辺国からの「マス格安観光」に偏重しすぎています。「観光大国」になるためには、長期滞在する「上客」を増やすなど、バランスの取れた観光戦略が求められます。
そのためには、「観光地の負担」と「おカネ」のバランスを考えていかなければいけません。旅行者からすれば、その土地で暮らしている人々との触れ合いもまた、重要な観光資源です。その貴重な観光資源にかかる負担を上回るような、より大きなメリットを求めていくべきではないでしょうか。
Airbnbなどもやはり全面的に肯定すべきものではなく、きちんとした形で適切に規制すべきでしょう。
ただ、今日の京都の場合、まだマイナスよりプラスのほうが圧倒的に大きいと感じます。
連合軍が空襲しなかったために残された美しい歴史的な街並みが、京都市民という破壊勢力によって毎日のように破壊され、どこにでもある普通の建物に建て替えられています。私はこの流れを、京町家友の会の会長として非常に憂いています。
しかし、観光客が増えたことによって、この流れが変わりつつあります。町家に泊まりたい外国人や歴史的な建物で食事をしたい外国人のために、日本建築の結晶たる町家を保存する動きが出てきているのです。これはうれしい副産物です。
日本政府の観光戦略は、2020年に4000万人という「数」の目標だけではなく、8兆円の観光収入目標という「質」も追い求めています。これまで日本の観光政策は「数」を増やせということが多かったですが、「質」という発想への転換は、非常に高く評価できると思います。
観光産業は、観光客が押し寄せればいいというものではありません。あくまでもその潜在能力に見合う、人数と単価のバランスが大事なのです。
行政が舵取りを誤って、このバランスが崩れてしまうと、大きな混乱を招くということを、私たちはバルセロナやベネチアから学ぶべきではないでしょうか。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら