そのお祝いムードも長くは続きませんでした。このプロジェクトで開発・発売した新製品に不具合があり、顧客からクレームが入りました。その報告を受けて慎重派だった役員からは「それ見たことか! だからもっと慎重に進めなければと言ったんだ!」「長年培ってきたわが社のブランドを決して毀損してはならない」との声が上がりました。
それでも「まぁ不具合は既存製品にだってまったくないことではないし、ここはひとつ育てるつもりで……」とたしなめる役員もいて、この品質問題は大ごとにならずに済みましたが、今度は売れ行きが芳しくありません。
田中課長は、この新規事業について「売上高10億円、3年で単独黒字、5年で累積損失一掃」という目標を立てましたが、これもまるで達成できそうにありません。毎月の役員会報告では売り上げ数字のことばかりが論点となり、数字責任を問う声がだんだん大きくなってきました。
そもそもこの事業を立ち上げた意義まで疑問視する声が出てきて、役員会の雲行きはかなり怪しいものになってきました。「これだけの投資をして、この新規事業を立ち上げる必要があったのか?」という役員さえ出る始末。これまで推進派だった役員の声は小さくなり、慎重派だった役員の声が大きくなっています。
気づけば、田中課長の責任を問う声も。今まで応援をしてくれていた役員も近頃は声を掛けてくれることが減りました。立ち上げまでは「全社一丸の協力体制」と言っていたのに、今では製造ラインからも営業ラインからも、どこか邪魔者扱いされているような気配です。田中課長のつらそうな状況を見て、社内から「だから新規事業担当になんてなるものじゃないんだ」との声も聞こえてきます。
なぜはしごは外されてしまったのか
新規事業はプロジェクト発足のときには全社的な盛り上がりを見せても、期待するような成果を得られないと、すぐに社内の評価は急変しがちです。「中長期的な視野に立った戦略的な取り組み」と言っていたのに、立ち上げたばかりのタイミングではしごを外されてしまっては、これまで頑張ってきた社員の人にとっては会社に裏切られたような気持ちになってしまいます。
あらゆる会社にとって新規事業は、そうそう計画どおりに成果を上げられるものではありません。その成功確率(何をもって成功というかも難しいですが)は、筆者の感覚的にはせいぜい1~2割といったところでしょう。ところが、新規事業に慣れない会社では、失敗を前提にできず一発必中を狙ってしまいます。
A社のケースでは、新規事業の責任者となる役員が実は明確に決まっておらず、複数役員が合議する形でプロジェクト会議に参加していたことも、プロジェクトリーダーにとっては不運でした。せめて責任者となる役員が明確であれば、その役員と二人三脚で進めることもできたのですが、このケースでは結果的に孤軍奮闘のようになってしまいました。
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