白鵬の相撲が批判されるほど「荒々しい」事情 理想の「横綱相撲」から遠ざかったのはなぜか

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白鵬の父はモンゴル相撲の大横綱であり、オリンピックのレスリングでモンゴルに初のメダルをもたらした国民的英雄だ。その息子である白鵬が日本に帰化するのが難しいことは容易に想像できる。帰化せずに特例として相撲協会に残れる道はないかと模索したと聞くが、それもかないそうにない。

いくら白鵬でも、いつかは力が衰えるときがくる。その兆しが初めて現れたのは、2012年のことだ。2010年から2011年にかけて7連覇を達成するなど、白鵬は直前まで無敵を誇っていた。双葉山の名前を盛んに口にしていたのもその頃だ。しかし、この年の白鵬は年6場所中2場所しか優勝できなかった。それだけ優勝できれば、横綱としては十分に責任を果たしたといえる。

白鵬が向き合っているであろう「理想と現実」

しかし、白鵬ほどの大横綱となれば、その程度の成績で満足するわけにはいかない。理想の相撲を追求したとしても、結果が伴わず、優勝から遠ざかれば、引退を余儀なくされる。そんな状況で、白鵬は悩んだ末に、理想の相撲を目指すことを捨て、やむをえず、「勝つ」ことにこだわった相撲へと転換したのではないだろうか。

前述のインタビューの際、白鵬はちょっと寂しそうにこう語っていた。「昭和の横綱双葉山が『後の先』を極め、平成の横綱白鵬がちょっとかじった――そんなふうに言っていただければ十分です」。

名古屋場所の白鵬は、これまでにも増して荒々しく、勝ちにこだわっているように見えた。それは、さらに力の衰えを感じたからにほかならないだろう。

昨年名古屋場所から今年春場所まで、5場所も優勝から遠ざかった。横綱昇進後初めてのことだ。それまで圧倒的な強さを誇っていた初顔合わせの力士に続けて負けるという、信じられないこともあった。

足指のケガの影響も大きかったろうが、言い訳にはならない。そんな状況で、さらに勝ちへのこだわりを深め、覚悟を決めた。だから、初顔の宇良相手にも、なりふりかまわず変化して勝ちにいった。そうした姿勢が、さらなる荒々しさとして現れ、結果として連覇にもつながったのではないだろうか。

見方を変えれば、勝ちにこだわる白鵬の取り口は、理想の相撲ではなくても、「究極の相撲」だといえる。あらゆる手を使って勝とうと思ったところで、それを実現できる力士などめったにいない。無数の引き出しを持つ白鵬だからこそ実現できるのだ。白鵬ほどの力士が、知恵と技と力を振り絞り、すべての引き出しを駆使して見せている現在の取り口は、空前絶後の究極の相撲なのではないだろうか。それを堪能するのも一つの見方だと思う。

とはいえ、私自身、正直に言えば、勝ちにこだわる現在の白鵬の相撲を見て、寂しく思う。双葉山のように理想の相撲を目指してほしい。しかし、もしもここまで述べてきたような事情から、白鵬が仕方なく現在の道を選んだのだとしたら、それを責めることなど到底できない。

白鵬は、今、帰化という重い決断をしつつあるという。もしもそれが実現して、いつ引退しても相撲界に残れる道ができたなら、もう一度、理想の相撲を目指してはくれないだろうか。それが、一相撲ファンとしての私の勝手な願いなのだ。

十枝 慶二 相撲ライター・編集者

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とえだ けいじ / Keiji Toeda

1966年、東京都生まれ。フリーライター・編集者。大学時代は相撲部に所属。卒業後はベースボール・マガジン社に勤務し「月刊相撲」「月刊VANVAN相撲界」を編集。両誌の編集長も務め、約7年間勤務後に退社。教育関連企業での7年間の勤務を経て、フリーに。「月刊相撲」で、連載「相撲観戦がもっと楽しくなる 技の世界」、連載「アマ翔る!」(アマチュア相撲訪問記)などを執筆。

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