戦後72年「戦後はまだ終わっていない」理由 日本人は勇気をもって「敗者の歴史」を学べ

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しかし事態は改善するだろうし、参拝を認めるよう説得することも不可能ではないと思う。英霊を祀(まつ)るのは国内問題である。だから外国はよけいな口出しをするなという排外論を声高に主張する前に、いま一度、われわれは英霊たちのことを真剣に考えてみるべきではないだろうか。

国民が反中嫌韓の感情論から離れ、真正面から靖国問題に取り組むことで、陛下が、皇居と指呼の間にある靖国を訪れることができる道は開かれると私は思っている。

中国に残した負の課題

私は中国大使のとき、中国東北部黒竜江省の方正県に日本人公墓があると聞き、慰霊の参拝をしたいと中国側に申し入れた。2012年11月のことである。担当するのはハルビンの黒竜江省外事弁公室だった。

日中関係は日本政府の「尖閣諸島の国有化」の影響で、中国国内の「愛国」運動が激しさを増していたころである。県当局も日中関係に過敏になっていたのだろう。事実、前年には「日本開拓民亡者名録」という石碑を建立した方正県政府に対し、地元の愛国青年たちが騒ぎ出し、県政府は石碑を撤去するという事件があった。そのため、中国当局からの返答は、「行ってほしくない」というものだった。

日本の大使が、当地で亡くなった日本人を慰霊しないということがあろうか。私は、中国当局の意向に対し「その話は聞かなかったことにしよう。私は自分の意思で行く」とあえて外務省本省にも知らせず、秘書ひとりを連れてハルビンから車を走らせた。中国東北地方は、すでに厳冬の季節であった。

日本人公墓は、公園のような施設の中にある。中日友好園林と呼ばれ、周囲は木々に囲まれた場所だ。われわれが到着したときには、公園の入り口には鍵がかかっていた。前年に地元の「愛国青年」が石碑に赤ペンキをかけるという事件があって、自由な立ち入りができなくなったようだ。そこへ県政府の役人がやって来た。彼らは、日本の大使が来る以上、何かあっては大変と待機していたのだ。

方正県の日本人公墓の隣には、麻山地区日本人公墓、中国養父母公墓、藤原長作記念碑がある。私は3つの公墓に参拝して、この地で非業の最期を遂げられた、5000人を超える日本人の死を悼むとともに、民間人や女性たちとはいえ、侵略者の身内であった人々の墓を建て弔ってくれた中国、特に周恩来に強い敬意を覚えた。

厚生労働省は中国東北地方への慰霊巡拝を定期的に実施している。しかし、公墓の参拝はできるが献花や線香を手向けることは許されていない。今日、日本人が容易に慰霊に中国各地を訪問できる環境にはないのだ。

これを中国は心が狭い、嫌がらせだととらえるのは早計である。他人の家に入るときには辞を低くし、丁寧な口上で来訪の理由を述べ、失礼のないよう、室内を汚さないよう慎重に行動するのが基本的な振る舞いだ。それが当たり前だという顔をして、厚かましく他人の家に入っていく日本人はいない。ましてかつて自分が荒らして迷惑をかけた家で探し物をするとなれば、その前にやるべきことがある。自分の非は棚に上げ、相手の狭量ばかりを責めるというのは子供のけんかに等しい。

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