いま聞かないと「戦争体験者」がいなくなる 「母は必死に座布団で焼夷弾の火を消した」

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トルーマン大統領には第2次世界大戦終了後の世界をアメリカがリードするため、ソ連を牽制するために、原爆という圧倒的な破壊力を持つ兵器の存在を示す必要があったのかもしれない。それは国際政治としてありえよう。

しかし、広島でいえば、たった1発で約14万人の人命を奪うような途方もない威力を持った爆弾を人間相手に使ったことへの悔恨が、人であり、市民であるトルーマン個人になかったとは思えない。もしなければ、言葉は悪いがトルーマンは天を畏(おそ)れぬ狂気の殺戮(さつりく)者である。

また、原爆をつくった科学者たちは、広島、長崎の惨状を見ても、なお自分たちが原爆をつくったことを科学者として当然のことと思っていたのだろうか。彼らに後悔はなかったのだろうか。原爆は理論と実験どおりに正しく核分裂反応を起こし、想定に近いエネルギーを放出した。そこまでは科学だ。しかし、爆心地周辺に暮らす無辜(むこ)の人々の命を大量に奪った事実は、科学で済む話ではない。

トルーマン大統領は、その後ソ連の核実験に対抗して水爆開発を進めたものの、朝鮮戦争のときには原爆使用という選択肢はあっても、彼が3度目の原爆の使用を許すことはなかった。

原爆が人類に対して直接使われたことは広島が最初であり、長崎が最後である。そして、未来にわたって核兵器が実戦で使われたという不幸な事実は、広島、長崎のみとなるであろうと私は信じている。そのためには不断の努力を必要とする。努力とは戦争をしない努力である。戦争をしなければ核が兵器として使用されることもない。

戦争の真実を追ってみるべきだ

しかし、近年の世界情勢や、反中、嫌韓の世論を見ていると、日本が戦争当事国になる危険を感じることさえ禁じえない。私が最も危惧するのは、日本の世論に強硬論が目立つことである。

戦前の日本も国民感情が対米強硬論、対中強硬論へ先鋭化するとともに、その反動として親ドイツ、親イタリアの論調が高まった。結局、それが世界を相手にする戦争へ日本を突入させる要因の1つとなる。

強硬論、好戦的な発言が飛び交う背景には、戦争体験者が少なくなったという問題があると思われる。戦争を知らない世代は、戦争というものを具体的にイメージできない。戦争を知らずに、気に入らない国はやっつけてしまえという勢いだけがいい意見にはどこかリアリティがない。彼らはどこまで戦争を知っているのだろうか。

私自身も、戦争はわずかに記憶の片隅にある程度だ。それでも、冒頭に書いたように、時折、名古屋大空襲で炎の中を逃げる夢を見る。幼心の記憶が、いまも鮮明に脳に刻まれている。

中国や北朝鮮に対し強硬な意見を述べる人たちは、戦争の痛みも考えず、戦力の現実も知らないまま、勢いだけで述べているのではないか。戦争を知って、なお戦争も辞せずと主張するのなら、私とは相いれない意見ではあるが、それも1つの意見として聴こう。しかし、戦争を知らずに戦争して他国を懲らしめよという意見が人の道に反することだけは間違いない。

われわれは、一度、戦争の真実を追ってみるべきだ。それは私とは意見を異にする人たちとともにやってもよい。そのうえでもう一度、日本の平和と防衛を考えてみるべきではないか。

2017年8月6日、72年前に広島に原爆が投下されたこの日に私が思うのは、唯一の被爆国である日本には、戦争をしない世界をつくる使命があるということだ。この一点に尽きる。

丹羽 宇一郎 日本中国友好協会会長

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にわ ういちろう / Uichiro Niwa

1939年愛知県生まれ。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。同社社長、会長、内閣府経済財政諮問会議議員、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画WFP協会会長などを歴任し、2010年に民間出身では初の中国大使に就任。現在、公益社団法人日本中国友好協会会長、一般社団法人グローバルビジネス学会名誉会長、福井県立大学客員教授、伊藤忠商事名誉理事。著書に、『丹羽宇一郎 戦争の大問題』東洋経済新報社、『人間の器』幻冬舎、『会社がなくなる!』講談社など多数。

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