いま聞かないと「戦争体験者」がいなくなる 「母は必死に座布団で焼夷弾の火を消した」

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私は、原爆を落とした米国には大きな非があると思っている。それと同時に、日本の戦争指導者たちの見通しのなさ、国にとって最も重要な国民の生命に対する鈍感さ、決断するべきときに決断できない無責任さにも大きな罪があると、元経営者として心の底からそう思うのである。

マリアナ沖海戦後に50万人の民間人が犠牲になった

戦前、海軍大学校の机上演習では、サイパン島を失えば日本に勝ち目はない、敗戦必至であり、サイパン島陥落後の戦争継続は想定していなかったという。これが戦前の海軍の常識だったのだ。

しかし、当時の日本の指導者たちは終戦に動こうとはしなかった。マリアナ沖海戦敗北の責任を取って東條英機内閣は退陣したものの、後を継いだ小磯國昭内閣も降伏・終戦という選択のないまま「一億玉砕」「一億特攻」というスローガンの躍る政治を推し進めた。

マリアナ沖海戦の決定的な敗北で戦争をやめていれば、広島も長崎もなかったのである。そればかりか沖縄戦も、東京大空襲も名古屋大空襲もなかった。50万人といわれる民間人の死者のほとんどは助かったのだ。戦地の将兵の命も、多くが失われずに済んだであろう。

戦前、戦中の日本の指導者たちは、勝算のない戦争を始め、そのうえ敗北必至の状況でさらに犠牲者を急速に増やす方向に国を進め、国民を導いていったのだ。これが為政者の罪でなくて何であろうか。

戦時中の日本政府は、なぜ多くの犠牲者を出す前に、戦争をやめることができなかったのか。冷静に考えればありえない判断、ありえない政策を実行したのは、戦時という特異な状況の特異な出来事だったのだろうか。

実はそうともいえない。実際、企業の倒産事例を見ていると、経営者は必ずしも合理的な行動をとってはいない。日本では、近年減ったとはいえ年間に8000件以上の企業が倒産している。そのうち、多くの企業で経営危機に陥っても、なお悪あがきのような行動をとる現象が見られる。しかも、こうした現象は珍しくない。

合理的に考えれば負債額を膨らませて倒産するよりも、負債を最小限にしたほうが会社を立て直すためにも有利だ。傷は浅いほうが回復は早い。しかし、倒産の危機に陥った経営者は、かえって傷を深くするような悪あがきをする。危機的な状況にあっては、今も昔も人の行動は変わらないようだ。

人命と経済的損失を同列に扱うことに批判はあろうが、経営においても、人は非常時になると当然のことが見えなくなる、冷静な判断ができなくなるということだ。

今日の経営者がこうした行動を繰り返すということは、今日の国家を経営する為政者も同様に危機に瀕したら、やはり戦前と同様な絶望的な選択をする可能性はあろう。国を無謀な戦争へ突入させた国の経営者が、やめどきを見極められず、いたずらに被害を大きくさせる。現代の日本であっても、こうしたとんでもないリスクは消滅してはいないのだ。

私は原爆資料館を訪れたとき、そのあまりにも苛烈な悲惨さに驚くとともに、ひとつの疑問も覚えた。それは、これほどまでに非人間的で残虐な兵器を使うことを許したトルーマン大統領の心の内がどうであったかである。

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