「外国人よ、嫌なら来るな」は無責任な暴論だ 日本の観光は、これからさらに激変する
第1フェーズは、先ほども申し上げた日本人観光客を中心とした「昭和の観光」です。これは世界的にみても特に珍しいことではなく、1980年代までは、他の先進国でも「観光」といえば国内産業でした。
ただ、日本特有の事情としては、観光の「大衆化」(マス化)が挙げられるでしょう。
日本は他の先進国と比較してもありえないほど人口が急増して、急速に生活水準があがりました。「1億総中流」と呼ばれるような大衆化が一気に進んだので、観光地でも「中間層」を大量に迎え入れて、一度にさばくスタイルが定着します。このあり方は、低価格、マニュアル化されたサービス、そして短期滞在という特徴を生み出します。その象徴が、鬼怒川、熱海、箱根などの「大型観光ホテル」です。
ただ、このモデルはバブルがはじけた1990年代になると通用しなくなってきます。「社員旅行」に代表される団体旅行は減少し、地方経済の衰退も始まって、「1億総中流社会」とは言えない状況になってきたことで、「大衆」が旅館や大型観光ホテルを利用しなくなっていったのです。
そこで台頭してきたのが、第2フェーズともいうべき、中国・韓国・台湾という東アジアのマスマーケットを狙った「平成の観光」です。
第2次安倍政権になってから、政府は長く国内産業という位置付けだった「観光」を、東アジア市場へ向けて積極的にPRする方向に大きく舵を切ります。要するに、減ってしまった日本人観光客にかわって、中国や韓国からの観光客を迎え入れるという戦略です。
この戦略は、ご存じのように大成功しました。2016年の実績でいけば、おそらく日本の国際観光収入は世界第10位まであがったと私は見ています。
減少する日本人を近隣諸国からの観光客で補った
これが成功したのは、中国や韓国からの観光客は、これまでの「昭和の観光」を変えることなく対応できる外国人観光客だったということに尽きます。
ご存じのように、中国や韓国からの観光客は長くて1週間、短ければ2泊3日くらいしか滞在しません。また、団体ツアーやブランドショッピングなども好みます。つまり、短期滞在、低価格、低サービスを求めた「昭和の日本人観光客」とほぼ同じなのです。
京都の「町屋」を改修して生活している縁もあって、私は京都国際観光大使もつとめさせていただいていますが、そこでよく耳にするのは、清水寺に向かう「清水坂」などに、外国人観光客が増えて騒々しくてたまらないという京都の方たちのクレームです。
ただ、私が初めて京都を訪れた1986年に清水寺で撮った写真を見返してみても、今とほとんど変わらないくらい観光客でごった返していました。騒々しいというクレームも当時から問題になっていました。実は、日本人の代わりに中国人・韓国人が来て、活気が戻ったというだけです。
要は「客」の国籍が変わっただけで、「平成の観光」は「昭和の観光」とそれほど大きな違いはないのです。
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