日本初の商業ゲイ雑誌、あの「薔薇族」の功罪 「LGBTブーム」の今、元編集長を直撃
最後にとても残酷かもしれない質問をぶつけてみた。20年前のインタビューで伊藤さんは当時創刊された『Badi』を意識しつつ『薔薇族』はナンバーワンであり続けるだろうと語っていた。しかし『薔薇族』は『Badi』に負けた。
その原因を、伊藤さんはどう考えているのだろうか。
「それは老齢化したからだよ。若い人を入れてもみんな藤田くんがやめさせちゃうんだから」
なるほど、それもあるかもしれない。しかし、20年ぶりにインタビューした筆者の感想は少し違うところにあった。
伊藤さんの発想の根本は「かわいそうな人を助けてあげる」、「困っている人を救済する」というものだ。先述の山川純一氏のエピソードからも分かるが伊藤氏は人を助けるのが習い性のようになっているのだ。
ここでは割愛したが今回の取材では他にも人を助けた数々のエピソードを語っている。だから伊藤氏は自らのルーツとして公娼廃止運動の熱心な活動家だった祖父の話を好んでするのだろう。
伊藤さんの心根の優しさは伝わってくるが、人権という観点から活動するアクティビストからすれば、上から目線と捉えられかねないものでもある。
今や多くのゲイも権利を要求することを当然とする意識を共有している(もちろん未だにゲイリブに否定的なゲイはいるのだが、『薔薇族』で育った彼らの心の奥底に伊藤文學が潜んでいるのではないかと筆者には感じられるのだ)。
「棺の中には薔薇の花を1本だけ入れてほしい」
「編集長がノンケだから『薔薇族』は成功した」のは、一面の真理ではあるだろう。しかし、『薔薇族』が『Badi』に負けたのもまた編集長がノンケだったからだと思わざるをえない。そして「もし日本初のゲイ雑誌を作ったのがゲイ当事者であったら」という歴史のif(もし)について考えてしまう――。
ゲイの歴史とともに生きる者として批判めいたことを書き連ねたけれど、もちろん日本初の商業ゲイ雑誌を作った伊藤さんの功績が色あせることはないと考える。
伊藤さんはこうインタビューをしめくくってくれた。
「いろいろなことがあったけど、いい時代にいい仕事をしたと思うよ。それでよしとしなければね。僕は最近、よく言ってるんだよ。死んだ時には棺の中に薔薇の花を1本だけ入れてくれってね」
(取材・文:宇田川しい)
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