日本初の商業ゲイ雑誌、あの「薔薇族」の功罪 「LGBTブーム」の今、元編集長を直撃
そこでは、伊藤さん自身は異性愛者でありながら悩める同性愛者のために『薔薇族』を創刊し苦労しながら続けてきたこと。今もブログを通じて同性愛者をはじめとする弱者の側に立った情報発信を続ける伊藤さんの姿勢が、救世軍で公娼廃止運動をしていた祖父の“血筋”と考えていること。フランスの画家ルイ・イカールの作品を集めた美術館を作るなど文化芸術に造詣が深いことなどが語られていた。
これらは、今まで何度も語られてきた『薔薇族』の“正史”である。筆者が20年前に行った伊藤さんのインタビューの概略もこの枠を出るものではない。
しかしながら、正史からこぼれた逸史の中に真実があることもある。正直にいえば、以前からゲイ・コミュニティ内部では伊藤さんに対する批判の声は少なくないのである。
『薔薇族』は原稿料を払わなかった!?
ゲイ・コミュニテイ内における伊藤さんに対する批判を整理してみたい。おそらくもっとも根強いのは“ノンケ(異性愛者)の伊藤さんがゲイを食い物にした”というものだろう。
具体的なエピソードの1つに“『薔薇族』は寄稿者に原稿料を一銭も払わなかった”というものがある。これについては様々な人に話を聞いているが、現在も一線で活躍するクリエイターを含めて、ほとんどの人がノーギャラだったことは事実のようだ。
ある人はこうぼやいていた。「『薔薇族』を買ったお金はみんな伊藤さんの美術品になっちゃう。ゲイ・コミュニティにはいっさい還元されないからね」。
この件について伊藤さんに直言すると、こんな答えが返ってきた。
「それは違うんだよ。当時はゲイを扱った作品を発表する場なんてないんだからね。そこに『薔薇族』が出来たから地方からどんどん作品を送ってくる。投稿者は誰も住所氏名なんか書いてないから原稿料を払いようがないんだ」
「でも(漫画家の)山川純一くんには原稿料を払ってたよ。一時期、彼はうちのギャラだけで生活していたくらいなんだから」
『薔薇族』創刊時に参考にしたのは、前出の同人誌や『風俗奇譚』などの投稿誌だ。『薔薇族』を支えた編集者に『風俗奇譚』の投稿者だった藤田竜と間宮浩の両氏がいたことも大きいだろう。『薔薇族』に“作者に原稿料を支払う”という発想がなかったのは仕方がないことなのかもしれない。
初期のゲイ雑誌のうち原稿料を払っていたのは、中堅のサン出版が発行していた『さぶ』だけだった。それにしても“雀の涙ほどの薄謝だった”という話を寄稿者から聞いている。