日本初の商業ゲイ雑誌、あの「薔薇族」の功罪 「LGBTブーム」の今、元編集長を直撃
『薔薇族』では一時期、レズビアンとの偽装結婚を推奨していた。時代の制約を考慮したとしても、同性婚を求めるアクティビスト(活動家)には受け入れられない考え方である。
この他、伊藤さんは『薔薇族』に連載されていたエッセイの中でゲイの奔放な性行動について何度も批判していた。異性愛の規範をよしとする考えが根本にあったのかもしれない。
果たして、伊藤さんは今でも偽装結婚を推奨する考えに変わりはないのか――。
「いや、今は偽装結婚は勧めないよ」
即答する伊藤さん。
「あれはうまくいかないよね。どっちかに恋人が出来たらダメになるでしょう。それに今は時代が変わって、ノンケでも結婚しない人が増えたからね」
また、今のLGBTムーブメントについてはどう考えているのか聞いてみた。するとこんな答えが返ってきた。
「カミングアウトっていうのはして得することはないと思う。知られちゃったら仕方ないけどわざわざ言うことはない。教養がある母親じゃないと、受け入れられないよ」
セクシュアリティ理解についての時代的、世代的な制約
「LGBTって言うけどこれを全部、理解出来てる人っているの? 僕も教えてほしいよ」
先の発言もそうだが、伊藤さんはとても正直に話をしてくれる人なのだ。だから時代の変化への戸惑いも隠さなかった。ゲイと共に歩んできた人でさえ、セクシュアリティについての理解を上書きすることは困難なようだ。
伊藤さんは続けて、筆者にこんな質問を投げかけてきた。
「バイセクシュアルってどう思います? 僕はバイセクシュアルはいないと思う。だけどあいまいなものも残しておかないと逃げ場がないからね」
バイセクシュアルの存在を否定することは、多様なセクシュアリティを理解する現在の動きに逆行している。やはり世代的に染み付いた固定観念によるのだろうか。その辺りの当事者との意識のズレが結果的に後発誌『Badi』の台頭を許したのかもしれない。
『Badi』を創刊した中心人物は、新宿2丁目でポルノショップなど複数の店を経営するH氏だ。まさにゲイ・コミュニティのド真ん中からの発信だった。ネットのない時代、ゲイ雑誌を置いていたポルノショップは、ゲイにとってある意味、情報センターでありコミュニティセンターとしての役割も果たしていた。