故人との別れを受け入れるために必要なこと 「死化粧」を究める元看護士の漫画作家が語る

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――前途多難でも進み続けることができたのは。

小林氏:何をやり遂げようとする時、また、世の中で認知されていないことに対して取り組む時、当然さまざまな反応、リアクションは起こります。けれども、のんびりしていた私でも、「これだけは譲れない」という想いがあったからこそ、この道を進み続けることができたんじゃないかと思います。

患者さんの家族が喜んでくれたとナースの皆さんから連絡があることも、この活動を続けていくうえで大きな励みとなっています。ある患者さんの家族は、お父様の最期にあたって、爪を切ってさしあげたのですが、それが身体に触れる手段となり、父親の死を実感して徐々に心の準備ができていき、「ほっとした」と言われたそうです。

また、40代の母親を癌で亡くされたある娘さんたちは、母親の突然の死を受け入れることができずに、大切な最期の時間を、どうすることもできない複雑な感情の中で過ごしていました。

「こんなのお母さんじゃない」。それは、病気で衰弱した母親を、素直に受け入れられることができない、娘から発せられた素直な言葉でした。担当のナースがエンゼルメイクによって、生前の元気だった頃の、大好きだった母親の姿に戻してさしあげると、ようやく「死」という現実に、少しずつ向き合えるようになっていったそうです。

――残された家族にとって、最期の看取りの時間は「これから」の始まりの時間でもあるんですね。

小林氏:エンゼルメイク自体は、お亡くなりになった方の身支度を整える行為ですが、それはもちろん、残された人のためでもあるのだと思うんです。人間は、スイッチで押したみたいに、急に亡くなっていくわけではありません。生と死は繋がっているのです。亡くなっていく過程を看取る時間は、残された私たちがこれからどのようにして生き、そして亡くなっていくのかということを、考えさせてくれる時間でもあるのです。

また多くの場合、死の瞬間、看取る私たちは故人のために、「もっと何かしてあげられたんじゃないか」と後悔の念に苛まれるといいます。しかし、こうした看取りの時間を経ることで、幾ばくかは心が救われると思うんです。

「死」を実感することで、「生きる」ことを考える

小林氏:今、少しずつ看護師だけでなく、一般の方々にもエンゼルメイクの存在が知られるようになってきました。その一方で、「死」というものが依然、遠い存在として置かれ、葬儀不要論も出ているといったように、「生」と「死」を取り巻く社会の環境も大きく変化しています。

戦後急激に増えた病院で、多くの人が臨終を迎えるようになり、最期の看取りの場面も、医療者が中心になってすすめてきました。エンゼルメイク研究会では、家族の手元を離れてしまった最後の大切な「看取り」の時間を、家族や縁者に負担のない形で戻していけるとよいのではと考えて、検討を続けています。

――「死」を実感することで、「生」が生きてくる。

小林氏:価値観の多様化はもちろんあって当然と思いますが、少なくとも私は、「死」を実感することによって、「生」は生きてくると考えており、それを大切にすることは決して無駄ではないと思っています。「死」を意識することで日常が生きてくることを、エンゼルメイクの活動を通して伝えたいと思っています。

2001年のエンゼルメイク研究会の設立から15年以上が経った現在でも、社会の変化に対応した発信はまだまだ続けていかなければならない、本当に一生をかけた仕事だと常々感じているところです。

「おたんこナース」だった自分でも、ライフワークに出会うことができることも伝えたいです。初めて本を書く際に編集者から励まされたときのように、「大丈夫」だというメッセージを、私の活動全般を通して、発信し続けていきたいと思います。

(インタビュー・文/沖中幸太郎)

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アルファポリスビジネス編集部

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