「働かないおじさん」だって、心底悩んでいる 中高年が企業に囚われる悲劇

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中原:なるほど、過剰な努力信仰がいきすぎると、さまざまな弊害をもたらしそうですよね。

為末:僕は「努力信仰」について、スポーツの世界でいちばん感じたのは、限界を定義しないといけないということです。

中原:「限界の定義」というと、古典的な書籍としては、野中郁次郎先生たちの『失敗の本質』(中公文庫)を思い出しますね。「日本は、なぜ、かくも無残な負け方を太平洋戦争でしてしまったのか?」を分析している名著です。その中で、「作戦の限界を決めていないこと」が敗因につながったという記述がありますね。

為末:『失敗の本質』は僕も読みました。「リソースの限界を決めないこと」はスポーツ業界でも頻繁に起こっています。これが「努力信仰」と密接に、結びつくんです。スポーツ界でもだいたい1日にできる量はこれが限界ですと言うときに、「バカヤローッ、ここから先は根性なんだ。おまえは努力してんのか?」と言って限界が変化してしまう。

しかし、限界がないとそもそも戦略なんて立てられない。リソースがこれくらいだとわかれば、それを最適化させるための議論が生まれます。それなのに、戦略に整合性がなくなったとき、リソースのほうを根性で変化させてしまおうとする。たとえば、「1日26時間にしろ」って話にいきがちです。そうなると戦略を立てるときにまったく緻密でなくなってしまう。

中原:あと「環境を正しく観察する」ということが必要ですね。いまの言葉と近いと思いますが、リソースを明らかにするっていうのは見るということですから。冷静な戦況分析がないと戦略もないんだけど。戦況分析ってなんか「こざかしい感じ」がするんですよ。純日本的感覚からすると(笑)。

頭で考えているんじゃない。大切なのはハートなんだと(笑)。でも、それで負けることが多いです。確かにハートや精神で乗り越えるものがまったくないといえば、そうでもない。でも順番が違っていて戦略があって精神なんです。これが逆転してしまうんですね。あるいは頭の部分がすっかりすっとんで、精神とか努力といったエモーショナルな問題ですべて解決できるんじゃないかと。結構、会社や世の中もそうだと思う。

為末:僕らの世界では、最強の言葉は「気持ちの問題だ」というものです。それは、すべての問題に当てはめても成り立ってしまう。

過剰な努力信仰は思考停止をもたらす

中原:しかしながら、スポーツ業界で起こっている努力信仰などの話をうかがうにつれ、同じようなメンタリティは、日本の企業・組織にも色濃く残っているなと思いました。為末さんのおっしゃることは、まったく日本企業の抱えている課題そのものですよね。

為末:どういう意味ですか?

中原:いま日本企業で、最大の課題になっていることに「長時間労働の是正」があります。「働き方改革」と称して、政府は、「長時間労働の是正」など、日本型の雇用慣行の大規模な見直しを進めています。要するに、「残業が多い割に生産性が悪い働き方」をいかに改善するか、ということですね。ここでの最大のポイントは「仕事の評価がおかしい」ということです。日本の企業では、これまで「仕事にかけた時間=残業をいくらしたか」を忠誠心や仕事熱心さを測る指標として評価してきました。つまり、長時間労働を受け入れたかどうかを組織へのロイヤルティの代理指標として昇進などの目印にしてきたということです。

本来仕事は、パフォーマンスで評価されるべきなのに、それが注目されない。むしろ、「何時間、残業したかなどかけた時間」が評価されるので、その評価を上げようとして、長時間労働がまかり通るんです。そうやって偉くなった管理職が、また帰るのが遅いものだから、なおさら部下も長時間労働に陥ってしまうのですね。

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