日本の経常収支には構造変化が起きている モノではなくカネで稼ぐ構造に

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やや長い目で経常収支の推移をみると、日本経済の構造変化をうかがい知ることもできる。

経常収支の中身を見ると経常黒字の牽引役は、貿易黒字から第1次所得収支の黒字になっており、主役の交代が鮮明になっている。

SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは、リポートの中で「日本経済はモノ(貿易収支)というよりもカネ(第1次所得収支)で稼ぐ構造に徐々に変化している。特に、従来は第1次所得収支の黒字は証券投資収益が中心だったが、近年は生産拠点の海外移転とともに直接投資収益の存在感が増している」と指摘している。

もう1つの注目は、サービス収支の赤字が縮小しつつあることだ。これは訪日外国人観光客の増加が寄与しており、近い将来、黒字に転じるかもしれない。

輸出の付加価値が高まらず、交易条件は悪化

ここで留意すべきなのは、経常収支が黒字か否かは、私たちの生活水準の良しあしとは直接関係がないことだ。私たちの経済厚生がよくなっているのかどうかを見るうえで重要なのは、経常黒字の多寡ではなく、むしろ交易条件(輸出価格を輸入価格で割った比率)だ。交易条件が悪化する(輸入価格に比べて輸出価格が相対的に低下する)と、同じ輸入をするのにより多く輸出しなければならず、国民福祉を損なうからだ。

日本銀行の企業物価指数を使って交易条件(輸出物価指数÷輸入物価指数、円ベース)を算出してみると、大きなトレンドとして、1990年代後半から交易条件はずっと悪化してきた。安倍晋三政権誕生以降、交易条件は改善基調にあったが、再び悪化に転じ、5月18日発表の1~3月期GDP(国内総生産)統計を見ると、交易利得は3四半期連続でマイナス寄与となった。

日本は原油や天然ガスなどの輸入大国であり、価格の振れの大きい原油価格に対しては受け身で、一喜一憂せざるをえない。一方、輸出物価指数は横ばい(契約通貨ベース)が続いており、輸出の高付加価値化がなかなか進んでいないといえる。大きなトレンドとして交易条件が悪化していることが、私たちが「豊かになった」という実感を持てない理由なのかもしれない。

経常収支は、日本が抱える巨額の財政赤字との関連でも議論される。経常赤字が拡大すると、いずれ財政赤字のファイナンスを海外に頼らざるをえなくなり、外国人投資家から相応のプレミアムを要求され、国債金利が急上昇(国債価格が急落)する、というシナリオがありうるからだ。

経常収支の赤字転落がすぐにも財政破綻につながるとはいえない。だが、経常収支の赤字化が財政危機のトリガーを引く可能性は否定できない。大事なことは、巨額の経常黒字が続いている間に、地道な努力で財政赤字を解消しておき、前述のような金利上昇シナリオの可能性を消しておくことではなかろうか。

山田 徹也 東洋経済 記者

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やまだ てつや / Tetsuya Yamada

島根県出身。毎日新聞社長野支局を経て、東洋経済新報社入社。『金融ビジネス』『週刊東洋経済』各編集部などを経て、2019年1月から東洋経済オンライン編集部に所属。趣味はテニスとスキー、ミステリー、韓国映画、将棋。

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