「自民党」盤石じゃないが優位は崩れない理由 固定票は減っていても他党に比べれば分厚い

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絶対得票率の落ち込みは、衆議院よりも参議院のほうが一足早く、「土井ブーム」(マドンナ旋風)で社会党に完敗した1989年の参院選では、選挙区で19.4%、比例区で17.1%に低落した。選挙区(地方区)についてみると、1980年と1986年が30%を超えたが、1990年代以降は平均が18.9%であり、比例区の平均も従前から10ポイント弱下回る16.1%である。大勝した2013年と2016年も、それぞれ選挙区が21.8%、21.3%、比例区が17.7%、18.9%であった。

自民党の絶対得票率が低迷している主たる原因の1つは、支持基盤の弱体化にあるとみてよい。脆弱な自民党の党組織を機能的に代替してきたのは、1つが国会議員および地方議員の個人後援会であり、もう1つが農業協合組合や医師会、その他の友好団体であった。日本社会の個人化の進展に加え、バブル崩壊後の平成不況の長期化、公共事業費をはじめとする財政支出の抑制などが複合的に作用して、自民党の固定票が減少してきたと考えられる。

唯一の例外といえるのが、小泉純一郎首相が郵政民営化を争点に解散し、圧勝した2005年の総選挙である。自民党の絶対得票率は、小選挙区で31.6%と1980年代の水準を回復し、比例代表でも25.1%に達した。これは以前からの固定票に加え、無党派層の票を大量に獲得した結果であった。ところが、同じ無党派層は、2009年の総選挙では一転して民主党へと向かい、自民党を政権から転落させることになる。無党派層の動向が国政選挙の結果を大きく左右するようになったのである。

無党派層と「選挙の顔」の重要化

無党派層とは、世論調査で「政党支持なし」と回答する有権者である。このような意味での無党派層は、1993年の細川内閣から1995年の村山富市内閣にかけて急激に増加した。55年体制下で敵対していた自民・社会両党が連立を組むなど合従連衡が続き、少なからぬ有権者が従来の支持政党を見捨てた。さらに、多くの有権者にとって政党支持という概念が薄くなり、単なる投票(予定)政党になっている。本文では、中長期的に支持し続ける政党を持たない有権者という意味で、無党派層という言葉を用いる。

1994年の政治改革は、無党派層の影響力を高める効果を有した。なぜなら、中選挙区制、たとえば4人区では、20%強の得票率で議席を獲得できるが、小選挙区制の下、「デュベルジェの法則」に従って2党化が進展した場合、最大で50%強の得票が当選に必要になり、固定票だけでは勝利できないからである。また、小選挙区比例代表並立制が導入された際に定数の再配分が行われ、1票の格差が是正された結果、都市部に多い無党派層の票の重みが高まった。

こうした背景から、1990年代半ば以降、自民党でも無党派層へのアピールが非常に大きな課題になる。選挙公約に盛り込まれる政策も有効であろうが、即効性を持つのは、「選挙の顔」たる党首のイメージである。新たな選挙制度によって実施される最初の総選挙に向けて、2大政党の一角を占めるべく結成された新進党に対抗するため、1995年の自民党総裁選挙で国民に人気がある橋本龍太郎が擁立され、総裁に選出されたのは、その最初の例であった。

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