対北朝鮮の「敵基地攻撃論」には実効性がない 安倍政権下の自民党内でにわかに勢いづくも

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中国の対応も無視できない。韓国はやはり北朝鮮のミサイルに対応するため在韓米軍のTHAAD(サード、終末高高度防衛ミサイル)配備を受け入れ、5月にも完了する見通しとなっている。これに対し中国はTHAADシステムのレーダーによって自分たちのミサイルまで探知されてしまうため強く反発している。

そのやり方が尋常ではない。THAAD配備に必要な用地を提供した韓国企業のロッテは、中国で積極的にスーパーマーケットなどを展開しているが、昨年末以後、突然当局の立ち入り検査を受け、122店舗のうち23店舗が営業停止処分を受けた。不買運動も起こり、営業している店舗も客がいない状態となっている。さらに中国政府は、韓国への旅行の禁止措置を講じたり、韓国からの輸入品の通関手続きを意図的に大幅に遅らせるなどの嫌がらせを続けている。こうした措置が韓国経済に深刻な影響を与えている。

日本が敵基地攻撃能力を持つということになれば、中国の対応は韓国に対するもの以上になる可能性もある。さらにその韓国でさえ反発するであろう。今でさえ崩壊状態にある日中、日韓関係はさらに困難な状況に陥るであろう。そうしたことが北朝鮮を利することは言うまでもない。

日米安保体制をも変質させる重大問題

これまで自衛隊は米軍を補完する形で非戦闘地域における支援活動を中心に海外での活動を法整備し、実際に活動してきた。安倍首相はそうした枠組みから一歩踏み込んできた。新安保法制では高いハードルとなる条件を詰めてはいるものの、自衛隊が米軍とともに戦闘行動に踏み切るところまで進めた。

しかし、日米同盟関係の基本は、米軍が「矛」、自衛隊が「盾」という役割分担である。敵基地攻撃能力というのは自衛隊が「矛」の領域に踏み込むという意味をもっている。つまり敵基地攻撃能力の保有は日米安保体制を質的に大きく転換することにもつながる問題である。もちろんトランプ政権と、そうした次元での協議はまだ行われていない。

敵基地攻撃論は北朝鮮に対する国民のイライラ感を解消するにはうってつけの話かもしれない。しかし、それによってできること、できないこと、日本にとってのプラスとマイナスのいずれが大きいかなどを考慮すれば、必ずしも当然の選択肢とはならない。かつての自民党がやっていたような複眼的で多様な議論がもっとなされるべきである。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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