対北朝鮮の「敵基地攻撃論」には実効性がない 安倍政権下の自民党内でにわかに勢いづくも

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北朝鮮の弾道ミサイルはすでに固定された発射台からだけではなく、大型トレーラーに載せて移動しながら発射できるようになっていた。となると弾道ミサイルの位置を特定することが格段に難しくなる。石破氏の発言はその点を指摘しているのだ。北朝鮮はさらに2015年に水中に潜む潜水艦からの弾道ミサイル(SLBM)の発射実験に成功したと主張しており、その後も何度かSLBMの発射実験を繰り返している。そうなると発射前のミサイルを破壊することは不可能に近くなる。

ところが敵基地攻撃能力に対する空気は第2次安倍晋三内閣の登場で変化してきた。金正恩委員長になって北朝鮮が今まで以上に核開発とミサイル開発に力を入れ頻繁に実験を繰り返しているという環境の変化もあるが、安倍首相がかねて、敵基地攻撃論に積極的だという要因も大きい。

首相は「敵基地攻撃能力については米国に依存しており、現在、自衛隊は敵基地攻撃を目的とした装備体系を保有しておらず、また保有する計画もありません」と慎重な姿勢を示しながらも、同時に「常にさまざまな検討を行っていくべきものと考えています」などと前向きの答弁を繰り返すのであるから、もともと積極的な防衛省は勢いづく。

2013年版の『防衛白書』には敵基地攻撃能力が紹介されている。新安保法制の国会審議の中でも政府側は、「国の存立を脅かし、国民の権利が根底から覆される明白な危険」があるなどの「新3要件」を満たせば、敵基地攻撃などの海外での武力行使は憲法上認められるという答弁をしている。

自民党内で慎重論や異論が鳴りを潜める

そして今回の自民党の提言となった。その過程では、かつてのような国際情勢や外交などの観点を踏まえた慎重論や異論はほとんど聞かれない。「安倍1強」といわれている中、官邸主導の政策に対する異論がほとんど出ない「単色化」した自民党の現実がここにも表れている。敵基地攻撃能力に関する政治の世界の空気は大きく変わってしまったのである。

確かに北朝鮮をめぐる状況はこの数年、改善するどころか逆にますます悪化している。国際社会からの制裁を受けているにもかかわらず、北朝鮮は核兵器の小型化や、ミサイルの精度の向上など着実に技術開発を進めている。一方で北朝鮮問題を外交的に解決しようという動きはほとんどない。6者協議は崩壊し、北朝鮮が最も重視する米国との会話も途絶えている。外交的手立てが完全に消えていることもあって、敵基地攻撃能力論が受け入れられやすい状況ができてしまっている。

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