「残業100時間規制は是か非か」論でよいのか 健康維持とスキルアップの両立こそが本質だ

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現に、長時間労働問題の議論をしている厚生労働省などの官庁でも、国会対応時では官僚が夜を徹して準備しています。このような長時間労働を、「100時間超えは問題だ」と一緒くたにするのは、一度立ち止まって考えたほうがよいという話です。

また、少しマクロな話をすれば、今後の日本は移民を受け入れないかぎり、少子化の影響で明らかに労働力不足となります。労働人口が減る中で、さらに1人当たりの労働時間も減らすとなれば、1人当たりの「生産性」をどう上げるのかという問題になるでしょう。

「スキルアップのための労働」も規制してしまう

しかし、原則として理由は問わない一律の長時間労働規制は、「スキルアップのための労働」も規制してしまいます。そうすると、自律的にスキルアップのために研鑽を積みたいと思ってる若手も、規制対象となってしまうという点も問題でしょう。もちろん、「形式的には自主的だが、実質は強制されている」ということのないように、任意性を担保する方策については、検討する必要があります。

また、残業規制の問題は、思いのほか労働者側からも反発があります。特に、「先月は飲み代を多く使いすぎたから、今月頑張って残業しよう」などという、いわゆる「生活残業」という言葉があります。労働者にとって大きな収入源である時間外労働の削減に、労働者側が反対するという例は珍しいことではありません。労働時間を減らそうとすると「不利益変更だ! 働く権利を守れ!」と主張する労働組合から合意を取るのは、なかなか難しいケースもあります。

労働時間の問題は、突き詰めると「売り上げが減っても、労働時間を減らすか」という問題に帰着するわけです。日本全国でこのような風潮になると、最終的には、日本として緩やかな経済規模の減少を受け入れるのか、という話になることも理解する必要があります。

最後に、今後の論点として重要なものを挙げておきます。まず、労働者側が「自主的に」「自律的に」研鑽をしたいとする際の任意性担保という観点からは、労働者代表についての議論がさらに行われるべきです。現在、労働者代表という制度はありますが、事業所の中で1人であり、意見聴取も形式的であることが多く見られます。これを複数の合議制にしたり、社内10%以上の加盟率を有する労組の意見を聞くなど、真の労働者代表制度は併せて検討すべきでしょう。

また、「残業100時間」という規制の枠組みよりは、むしろ、前の日に退社が遅くなった場合は翌日の出社時刻を遅らせるという勤務間インターバル規制や、有給休暇の取得促進、従業員の健康管理のあり方に関する議論も重要であると考えます。長時間労働問題に関する議論は「100時間か否か」だけではありません。要はトータルでどのように労働者のスキルアップと健康確保を両立しつつ、ワークライフバランスを自己決定するかという問題なのです。

「残業100時間は是が非か」という表面的な議論だけが独り歩きしては、事の本質を見誤ります。今後の日本の方向性を決定する重要な議論ですので、少しでも多くの人たちに、本質に返って考えていただきたい問題です。

倉重 公太朗 倉重・近衛・森田法律事務所 代表弁護士

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くらしげ こうたろう / Kotaro Kurashige

慶應義塾大学経済学部卒。第一東京弁護士会労働法制委員会 外国法部会副部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員。日本CSR普及協会雇用労働専門委員。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催。著作は20冊を超えるが、代表作は『企業労働法実務入門』(日本リーダーズ協会 編集代表)、『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか(労働調査会 著者代表)。

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