トランプに投票の元日本人が見た米国の変化

「約束された明日」はなくなった

そんな私が、結婚したアメリカ人の夫の異動に伴い、アメリカに移住したのは2010年10月。移住してから最初の数年間は、今思い出しても胃が痛くなる。結婚当初、主人はアメリカ空軍に所属していたが、私たち家族が日本からアメリカへと移住した2日後に「想定外の辞令」が下され、赴任地だったサウスキャロライナをたった3カ月で離れることになった。

結論から言うと、主人のキャリア的には望ましい展開になったのだが、彼は軍の所属からアメリカ国防総省(通称・ペンタゴン)のサイバー専門の内局に移り、連邦政府文官にキャリアチェンジすることになったのだ。そして、彼が勤めた先、つまりアメリカ合衆国の事情により、私たち一家は2年のうちに9回も引っ越しを経験することになった。

「約束された明日などない」という現実

暮らした州はミシシッピ、アラバマ、フロリダ、サウスキャロライナ、メリーランド、ワシントン。短期滞在都市を入れると、全18州を渡り歩いた。私たちが2年で移動した総距離は6万キロ。地球1周半の長さになるほどの距離だ。どこに住んでも数カ月後には引っ越しになる。まったく落ち着くことがない毎日だった。

その他にも思わぬ出来事はあった。移住して半年後の2011年3月11 日に起こった東日本大震災によって、私は自分が築き上げた日本でのキャリアも手放さなければならなくなった。本当なら数カ月おきに日本へ仕事で帰国するという計画が、続行できなくなったためだ。主人の仕事の関係もあり、余震等が続く日本へ、私一人で帰国することが許されなくなり、私は当時日本で経営していた会社の現場から完全に離れてしまうことになった。経営者としては、ありえない事態ではあったが、私にはどうすることもできなかった。

今思えばアメリカから指示を送るだけに等しい「遠隔操作」と称した身勝手な悪あがきをしばらくは続けたが、結局2012年の秋に、私は12年にわたって経営してきた日本の会社の代表から退いた。

その間に身内を亡くす経験もした。東日本大震災から5カ月後の2011年8月、弟が突然35歳の若さでこの世を去ったのだ。何の前触れもなく、あっけなく突然目の前から消えた。生きるということ、人生の常識。信じていた「何か」が、その時、崩れ落ちた。約束された明日など誰にもないのだと、私は悟った。

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