米国は建国以来ずっと「米国第一」主義だった トランプの気まぐれより重要な「米国の本質」

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その一方で、トランプは、国防長官にはジェームズ・マティス、大統領補佐官(国家安全保障担当)にはマイケル・フリンという、中東政策におけるタカ派と目される人物を指名した。また、南シナ海の問題に関して中国を強く非難した。こうした側面は「米国第一B」のようにも見える。

米国に追従するだけの国家は沈没する

このようにトランプの「米国第一」は分裂している。だが、これは米国そのものの分裂ともいえる。

先に述べたように、米国はずっと「米国第一」だった。しかし、その「米国第一」はつねにAとBとの間を揺れてきたのである。

たとえば、1993年に成立したビル・クリントン政権は「米国第一A」を志向したが、1997年以降の後期クリントン政権は典型的な「米国第一B」路線だった。だが、金融中心の「米国第一B」はITバブルとその崩壊を引き起こした。

続くジョージ・W・ブッシュ政権は、発足当初こそ「米国第一A」への転換の兆候がみられたが、2001年の同時多発テロを契機に、安全保障は明らかに「米国第一B」へと傾斜し、経済もそれに続いた。しかし、安全保障の「米国第一B」はイラク戦争の失敗に終わった。そして、経済の「米国第一B」もまた住宅バブルを引き起こし、2008年のリーマンショックで破綻した。

2009年に成立したオバマ政権は、「米国第一A」への転換を目指していた。しかし、結果を見れば、経済に関しては「米国第一B」からの脱却に成功したとは言い難い。そして安全保障についても、AとBとの間を逡巡する中途半端なものに終わっている。

なぜ「米国第一」はAとBとの間を揺らぐのだろうか。

それについては拙著『富国と強兵:地政経済学序説』で理論的に解明したので、ここでは要点だけ説明しよう。

まず、グローバリゼーションと金融に偏重する「米国第一B」は、金融危機を引き起こし、製造業の衰退と格差の拡大を招く。その結果、米国の相対的なパワーは弱体化し、安全保障の「米国第一B」も維持できなくなる。

そこで「米国第一A」への転換が必要となる。しかし、製造業の復活は容易ではなく、長期間を要する。しかも「米国第一B」の下で、金融の権益が政治の中枢を支配する構造(J・バグワティの言う「ウォール街・財務省複合体」)が形成されてしまったため、金融部門に不利益となる「米国第一A」への転換は困難を極めることとなる。

これこそが、米国が陥っている矛盾の正体である。前大統領のオバマも、この「米国第一」の矛盾を克服することができなかった。オバマ政権が経済についても安全保障についても中途半端だった印象があるのは、そのためなのだ。

そして今、この「米国第一」の深刻な矛盾を抱えたまま、しかもその矛盾に気づかぬまま、トランプ政権が船出する。米国はさらに迷走し、次第に沈んでいくだろう。そして、もし日本が米国に追従するだけならば、トランプにさんざん翻弄された揚げ句、米国とともに沈んでいくこととなるだろう。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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