「猫ひろし」売れない芸人に賭けた妻の真実

リオ五輪出場の裏側には非難と歓喜があった

次こそは、本当に最後の戦いだと強い決心をした猫さんは、真のカンボジア代表になるべく、家族と離れ、仕事以外の生活の拠点をカンボジアに定めた。見知らぬ土地で暮らし、ひたすらランニングに没頭する。

そこはやはり発展途上国。日本と違い、整備されていない道のいたるところに埋もれた瓦礫、いつどこで襲い掛かって来るかわからない野犬もいる危険地帯という悪条件の中、一人もくもくとトレーニングを重ねた。

支えになった家族の存在

そんな猫さんの心の支えとなったのは、やはり家族の存在だった。長女が生まれてすぐにカンボジアの長期滞在生活に入ったため、育児のほとんどは妻の恵子さんが一人で担ってくれた。妻とはスカイプを通じてやり取りを重ねた。

そんな妻の支えがあって、猫さんは4年間にわたってカンボジアでの1位をキープ。そして昨年5月、リオ五輪のカンボジア代表を決める最終レースで見事、トップでゴールイン!この瞬間、オリンピック出場を決めた。

2016年8月5日、リオ五輪が開幕。その開会式の様子を、恵子さんは日本から見守っていた。各国選手団が順々に入場していき、そしてカンボジアが入場。バッシングを受けたあの日から4年。テレビに映し出された夫は、多くの人から歓声を浴びていた。

猫ひろし、39歳。「カンボジアの人々のためにも、応援してくれる家族のためにも、絶対に完走する」それが、このオリンピックでの目標であり、恩返しだった。

迎えた男子マラソン当日。この日はあいにくの雨模様。夫の完走を信じる妻は、テレビにかじりつき、総勢155名の出場者の中に、夫の姿を見つけた。

いよいよスタート。最初こそ姿を確認できたものの、先頭集団にはいない夫は、その後テレビに映ることがない。カメラが再び夫の姿をとらえたのは12キロ地点。確かに、まだ走っている。しかし、その後、雨のせいかリタイアする選手が続出。そんな状況の中で、一向にカメラに映らない夫。妻の心配は募る。

スタートから2時間8分44秒。トップの選手がゴールテープを切り、その後、日本の選手を始め、多くの選手が次々とゴールをし始める。その姿を見ながら、妻は思った。世界の一流の選手たちがリタイアする中で、夫は本当に完走できるのだろうか?そして、ついに夫のことは何一つ伝えてくれないまま、マラソン生中継は終了。あとは「ゴールしたら電話する」と約束した電話をただ待つことしかできない。時間だけが過ぎていく。

そしてマラソン生中継の終了から30分が過ぎた時、ついに、その瞬間が来た。リオ五輪の男子マラソンは、悪天候で15人もの選手がリタイアする中、猫さんは完走を果たした。

するとその瞬間、奇跡が起こった。145㎝という小さなからだで走りぬいたその姿に、大きなコールが沸き上がった。

「カンボジア! カンボジア!」

それは猫さんが真のカンボジア人として受け入れられ、夫婦の夢が叶った瞬間だった。

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