「欧州の火事」難民問題は対岸に飛び火するか 「バルカンルート」に漂う難民たち<後編>
半年以上も停滞した状況にあって、たまらず難民たちが動き出した理由は冬である。バルカンの内陸部は急激に朝晩の冷え込みが増していた。我慢の限界だった。
「ここで冬は越したくない。とにかく先に進みたいんだ」
寒さに震える難民たちの行進は、スタートして丸4日かけても30キロ先のインジェラまでしか達しなかった。歩く人数もだいぶ減っていた。目指すハンガリー国境はまだまだ遠い。
そして、もし国境にたどり着いても、そこには彼らを追い払うために獰猛な犬がひかえ、同じように留め置かれた難民があふれるばかり。
ベオグラードの難民たちが国境に向かう決意をしたのは、直前に行われたハンガリーの国民投票によるところも大きい。
EU加盟国に義務付けられた難民割当の是非を問う国民投票。結果次第では、難民拒絶の政府方針に変化があるのではないか、国境があくのではないか、そんな期待を難民たちはいだいていた。
結果は成立要件の投票率50%を下回り(約43%)、国民投票は無効となる。ただ、「受け入れ反対」が有効投票の98%と圧倒的多数を占め、賛成を大きく上回った。
オルバン首相はこれを「勝利」だと宣言し、いっそう強くEUに難民政策の変更を求めた。難民たちの淡い期待とは裏腹に、ハンガリー国境はさらに固く閉ざされることとなる。
シェンゲン協定とダブリン規制
なぜハンガリー入国に難民たちはこだわるのか。それは「シェンゲン協定」を利用するためだ。
欧州を目指す難民たちにとって、ギリシャが「玄関口」なら、バルカンは「土間」。とりあえず家に入って、まだ靴も脱がずに通過する場所でしかない。
本当に行きたいのは奥の部屋である。暖炉があるリビングでは主人も来いと言っている。さあ、靴を脱いで部屋に上がろう。さすれば家の中は自由に歩き回れる約束になっている。
その約束こそシェンゲン協定である。「ひとつの共同体」を標榜するEUにあって、シェンゲン協定を締結した国家間なら出入国審査なしに自由に国境を越えて移動できる。
ほとんどのEU加盟国が参加し構成するシェンゲン協定圏で、もっともアジアに近い国がギリシャやハンガリーだった。難民にとって重要なのはハンガリーにいったん足を踏み入れること。それさえできれば、行きたい場所に行くことを誰も止められなくなる。
しかし、EUの家の「上がりかまち」で靴を脱ごうとしたら、目の前になかったはずのドアが出現した。一段高くはなっているが、そこはまだ廊下だ。用事はないのに、上がりかまち(ハンガリー)のドアがリビング(ドイツ)に行くのを阻んだ。
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