「欧州の火事」難民問題は対岸に飛び火するか 「バルカンルート」に漂う難民たち<後編>
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前回記事:「欧州の火事」難民問題は対岸に飛び火するか
動き出したバルカンの難民たち
間違いなく業を煮やしたのであろう。10月に入って、セルビアの首都ベオグラードで300人を越える難民が収容所を飛び出し、200キロ先にあるハンガリー国境へと歩き始めた。
「俺たちは人間だ。家畜じゃない。水も食料もいらない。とにかく国境をあけてくれ」
地元ニュースはことさら強い口調のシリア人の声を拾い上げる。掲げたプラカードも激しい文字が並ぶ。それは待遇に抗議する難民たちの「デモ行進」だと報道された。
「途中まで歩いて、あきらめた。ハンガリーの国境があかないのは知ってたからね」
ニュース報道とは異なり、冷めた口調で難民のひとりが話す。
彼は仲間とともに、ベオグラード中央駅前の公園を一日中過ごす場所にしていた。そこはいつしか中東難民の溜まり場と化し、飲食や洗濯、情報交換、数十人が野宿もする。町の中心部にこつ然と出現する”難民キャンプ”だった。
見回る警官のかたわらで、セルビア人の老女が広場を占領する彼らに詰め寄る。苦情を言ってるようだが、互いに言葉も通じずかみ合わない。遠くではメッカの方角に頭を垂れ、コーランを呟きながらの「お祈り」が始まった。
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