ある業界関係者は「日本でウォーターパークという業態を続けるのは難しい」と至極まっとうな問題を指摘する。サマーランドの年間入場者数、約100万人のうち、7~9月の3カ月間で約7割が集中する。夏場の3カ月間で稼ぎ、あとの季節は耐え忍び、通年で赤字という収益構造が続いている。
幻の自動車用レース場計画
サマーランドができたのは1967年のこと。東京サーキットという民間会社が開発、運営を遂行した。当時の報道によれば、総工費30億円をかけ、自動車レース場、遊園地、公園、ヘルスセンター、屋根つき野球場からなる「文字どおり娯楽のメッカ」(1966年5月4日、毎日新聞都内中央版)を作る構想だったようだ。
目玉となるのが自動車用コース。「1周6.8キロメートルの自動車レース場、規模は鈴鹿よりやや小さいが、丘陵の起伏に富んだコースがとれるのは有利」(同)という計画のもと、建設が進められた。
だが、周辺住民からの強い要望で、ドーム型のウォーターパークを最初に建設。1967年7月に現在も残るドーム型プールが開業している。同年10月には遊園地が、翌1968年には温水プールや、屋外プール、宿泊施設を立て続けにオープンした。
この記事は有料会員限定です
残り 1380文字
