「指示待ち人間」はなぜ生まれてしまうのか 優秀な人ほど、知らずにそうさせてしまう

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

これに対し「指示待ち人間ばかり」と嘆く優秀な方は、少々違う対応をスタッフに取っているらしい。特に3つ目の「失敗」に対する対応にシビア。

「あの時きちんと指示しただろう! なんで指示どおりやらないんだ! そもそも少し頭で考えたら、そんなことをするのがダメなことくらいわかるだろう!」

優秀な人が指示待ち人間を作る?

こういうことがあると、スタッフは叱られることにすっかり怯えてしまう。そこで叱られないように、自分の頭で考えることを一切やめ、すべて指示どおりに動こうとする。「指示どおりにやっていない」ことを再度叱られないで済むように、実に細かいことにまで指示を仰ぐようになる。「そんなことくらい自分の頭で判断しろよ」という細かいことにまで指示を仰ぐようになってしまう。だから、優秀な人は「指示ばかり求めて自分の頭で考えようとしない」と不満を持つようになる。

でも多分、「指示待ち人間」は自分の頭で考えられないのではない。自分の頭で考えて行動したことが、上司の気に入らない結果になって叱られることがあんまり多いものだから、全部指示してもらうことに決めただけなのだ。叱られないようにするための防衛本能なのだろう。

指示というのは本来、あいまいにならざるをえない。たとえば「机の上拭いといて」と指示を出したとしても、どのふきんで拭くべきか、ふきんがそもそもどこにあるのか、ということもあいまいなことが多い。仕方がないので自分の判断でこれかな? というふきんを見つけ、それで拭いたとする。そのあとの顛末で多分、違いが出る。

「なんで新品のふきんで拭くんだよ、ちょっと探せばここにあることくらいわかるだろう、なんてもったいないことをするんだ」と言えば萎縮して、今度からふきんはどれを使えばよいのか、どこにあるのか、細かいことまで指示を仰ぐようになる。

こういう対応だと違ってくる。「きれいにしてくれてありがとうございます。ん? 新品のふきんを使ってよかったかって? ああ、いいですよそんなの。どこにあるか私も言っていなかったし。今度からふきんはここに置くようにしてくれればいいです」。自分の判断で動いても構わない、という経験をしてもらう。

次ページここで違いが出る
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事