若者と芸術をつなぐ、能楽界のネットワーカー 新世代リーダー 塩津圭介 喜多流シテ方能楽師
「能」。その言葉から、私たちはどのような世界を思い浮かべるだろうか。朗々と響く謡(うたい)、水鳥のごとき摺(す)り足、そして、無表情に虚空を見つめる静謐な面(おもて)――。わが国が世界に誇るこの唯一無二の伝統芸能は、700年を超える長い年月、「日本人の魂の核」ともいえる大切な要素を、営々と伝え続けてきた。一方で、多くの現代人にとっては、さまざまなアートの中でも、とりわけ「高尚すぎる」「理解が難しい」と敬遠されがちなジャンルでもある。
能という芸術が持っている魅力と可能性、そして、課題。そのすべてを冷静に見つめ、受け入れながら、次世代に向かって新しい世界を切り開こうとしているのが、塩津圭介氏。江戸時代初期、二代将軍徳川秀忠の援護の下に創設された『喜多流』の若き旗手だ。父は、紫綬褒章の受章者にして、重要無形文化財総合指定を受ける塩津哲生氏。質実な力強さを持ち味とする喜多流において、主役を演ずる「シテ方」と呼ばれる役割を継承している塩津家の、三代目を継ぐ若き能楽師である。
父の舞台に立ちこめた“気”を体感、伝統の継承者へ
「初舞台に上がったのは、3歳と2カ月のときです。しかし、成長した私に、父は能楽の道を強要しませんでした。“自分自身で納得のできる仕事を選べ”と言ってくれたのです」
伝統の継承者たるべき長男に生まれながら、父が与えてくれた職業選択の自由。同時に、目の前に立ちはだかる「遺産」の大きさ、受け継ぐべきものの重さ――。若い圭介氏の心は乱れ、しばらくは進むべき道を見定めることができなかったという。
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