高学歴女子にシワ寄せされる社会の過剰期待 「貢献せよ」しかし「みっともないのはNGだ」

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日本の社会は、若い女の一挙手一投足には、どんな口を出してもいいと思っている部分がないだろうか。明らかに自分より弱い立場にある、御しやすい若い女たちを無遠慮に眺め回しながら、その容姿をあれこれ批評して、その生き方に「結婚しなきゃダメだよ」「子供は持たないと、女の人は何か欠けてるよね」と注文をつける。そうかといって「カワイイだけじゃダメだよ」「いつか需要なんかなくなるんだからさ」と見も知らぬ赤の他人がダメ出しして、追い詰め、焚き付けてほくそ笑んだり悦に入ったりしていいと思ってはいないだろうか。

就職氷河期以降のキャリア女性に共通する、とある傾向がある。それは聞く側が違和感を覚えるほど自分自身を突き放し批評する、冷静な客観性だ。30代前半のキャリア女性は、氷河期と呼ばれた就活時代を振り返って「就活を成功させるために、危機感を覚えた学生はみなセミナーに通った。そこでは否応にも自分を多角的に見つめなければならなかった。その時のクセが、まるでトラウマのように残っている」と語った。就活での準備体験は、婚活でも繰り返される。対策を間違えれば、誰にも欲しいと言ってもらえない人生が待っている。だから今の女子はみんな必死だ。

彼女たちは「葛藤」という爆弾を抱えて戦場へ赴く

ストレートに大学を卒業する22歳以降で、結婚・出産・育児など、自分の中にある女としての生物的な機能が規定する「避けられないライフイベントがいつか確実に起こす葛藤」にしっかり目を向けながら、戦場へと出ていく彼女たち。いや、働くことを”戦場”なんて表現しなきゃいけない働き方が当たり前になっている社会は、そもそも異常ではないか。

長い間、日本の女性による労働は家庭の玄関ドアの中から出てこず、可視化されていなかった。それは水面下に潜ってきたために、いざ女性の労働力を集めてみたらいかなるものなのか、果たしてそうすることで社会はどう根っこから変わるのか、誰も知らない、見たことがないというのが本当のところだ。

だからなのか、ひとたび女性の労働力を活用すると決まったら、まるでそれは無尽蔵で、全ての社会問題を魔法の杖一振りで解決する呪文かのように扱われている。

もともと幼い頃から大人の期待に応えることで「いい子」「デキる子」と育ってきた高学歴女子は、自分へ向けられた期待に敏感だ。「未来は君たちにかかっている」などという言葉は、仮に人生を諦めたおじさんやおばさんの口から発せられる、意味など持たない挨拶以下の音声に過ぎないのだとしても、優秀で素直な彼女たちは、口先では反発しながら、そんな過度の期待をしっかりと背負ってしまうのだ。

若い女など御しやすいと思って、一挙一動に口を出す「非当事者」たちは、その一言が真面目でよくできる、高いポテンシャルを持つ彼女たちの命を削っていることに気づいて欲しい。女性に求める価値観へ疑問を挟むことのないまま過剰な期待を上乗せした「女性活躍」というキーワードが、女たちを追い詰めていくことに、気づいて欲しい。男たちに一人一人顔と名前と人生があるように、「あの、過労自殺しちゃった電通の女の子」とうわさされることもあるであろう若い女性にも、顔と名前と人生があることを。

河崎 環 フリーライター、コラムニスト

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かわさき たまき / Tamaki Kawasaki

1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭高校から親の転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆をつづけている。子どもは、長女、長男の2人。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

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