マレーシアの場合、国民の1人当たりの国内総生産(GDP)が1万ドルを超え、東南アジアではシンガポールに次いで豊かな国となっている。日本よりやや小さい面積の国で人口が2800万人と決して多くない。国土からは石油やガスも産出され、国民の教育水準も高い。中進国から先進国へ近づこうとしている状態であり、国民にとって強権政治のメリットはしだいに薄れてきている。
それでも、マレーシア国民を圧倒的に与党連合支持に縛り付けてきたのは、二度と民族暴動のような事態を起こして多民族国家のもろいバランスを崩してはいけない、このマレーシアという国家の枠組みを維持しなくては、すべてが台なしになってしまいかねないという「安定」への渇望だったと言える。
今回の総選挙でも、与党連合は「野党側に政権が渡れば安定は失われる」というキャンペーンを展開した。与党への反発を強めている華人でも、新聞記者の知人は「安定が大事だから今回は与党に票を入れるよ」と語っていたことは印象に残った。
選挙結果をみれば、野党があと一歩追いつけなかったのは、この「安定」カードがかろうじて功を奏した、ということだろう。しかし、そのカードはおそらくは今回が最後になり、次は使うことができないはずだ。
安定カードにも賞味期限がある
そして、この「安定」カードを今、最も有効に活用しているのが中国である。中国人の意識の中には、共産党は嫌いだが、それ以上に国が乱れてしまって、清朝末期のように外国の介入を招くような混乱や、その後の戦乱に巻き込まれることだけはごめんだという恐怖感がつねにある。それは共産党の宣伝もあるのだが、現実的な歴史感覚であることも間違いない。天安門事件での鎮圧に対する中国国民の受け止め方も、当時の状況としては、中国は安定を優先すべきだったという風に多数意見として落ち着いている。
かつて、鄧小平は「発展は硬い道理である」と述べた。これは、発展がなければ何もない、発展をすべてに優先すべきだという意味で、現在の中国が毎年の経済成長率をとにもかくにも重視しているのも、発展という「果実」があることが、共産党が一党独裁による「強権」を維持する最大の正当性の根拠となっているからである。
ただ、この安定カードにも賞味期限があることが、このマレーシアの選挙結果からわれわれは知ることができる。国民の生活水準が上がり、資源の再配分に不公平感が高まり、国民が自ら情報を入手して国のありようを考えるようになれば、いずれ「安定」をタテに強権を正当化する為政者の言葉を、人々が信じられないと判断する日が来る。
強権が必要な時期は確かにある。しかし、問題は発展のための強権が、どこかの段階で発展という目的を離れ、強権のための強権に変わってしまうのである。中国だけでなく、同じように一党支配型の政治が行われてきたシンガポールでも、大規模な反政府集会が開かれている。「強権」の根拠を問いただす国民の目は、しだいに厳しくなってくるのである。
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