異常事態が続く日銀人事 政治は知らん顔 副総裁は空席のまま

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メディアの責任

一方的に批判したが自省もある。日銀総裁人事をめぐって、われわれメディアはどういう役割を果たしたのだろうか。

今の局面にあって期待される日銀総裁像とはどのようなものか、というような提示を行えただろうか。副総裁、審議委員が空席という事態について、総裁人事のときと同じようなテンションで報じているだろうか。

モルガン・スタンレー証券のロバート・A・フェルドマン氏は3月26日、「次期日銀総裁候補を比較する」というリポートを発表して、その中で、求められるファクターごとの評点方式で複数の“候補者”たちの力量を分析した。このような視点がメディアには著しく足りなかったのではないか。そう思わざるをえない。

「その国を超える中央銀行はない」という言葉がある。中央銀行は国の最終的な資金尻を担っているだけに、そういう言い方には一定の真理がある。しかし今、日銀にはその言葉を超えてもらいたい。日銀のトップ人事をめぐる、この国の実情はあまりにもレベルが低すぎるからである。

政府と国会は3月の総裁人事のドタバタ劇を深く反省しつつ、一日でも早く、副総裁と審議委員を決定すべきである。本国会の会期は6月15日で終わる予定だ。残すところ1カ月もない。繰り返すが、日銀正副総裁人事や審議委員の任命は政府や国会の権利ではない。国民に対する義務である。
(浪川 攻 =週刊東洋経済)

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