32歳高年収女子、婚活市場の相場観を知る 東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<8>

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20代の頃にはオドオドしていた同年代の男たちは、杏子と対等にエラそうな口を利くようになったし、以前の羨望の眼差しとは打って変わって、呆れ混じりの冷めた視線を向けることすらある。

「羨ましい、羨ましい」と杏子を見上げていた周囲の地味な女たちは次々に結婚し、今となっては杏子を憐みの目で見つめ、まるで「逆転勝ち」と言わんばかりの笑みを浮かべている。

私は悲劇の女王マリー・アントワネット

周囲の者たちの杏子への評価は、少しずつ、しかし確実に変化していた。例えるならば、フランス革命時のマリー・アントワネットが、国民からどんどん見放されていくような感覚かも知れない。

――生まれ持った美貌と頭脳だけじゃ、勝負できなくなってきた――

婚活アドバイザーの直人に出会い、最近の杏子が薄々感じ始めたのは、いくら恵まれた素材を持って生まれたとしても、アラサーになれば、プラスの「努力」をしないことには、市場で勝つのは難しいという事実だった。

マリー・アントワネットの二の舞にならぬよう、一般市民のレベルに合わせ、彼らの価値感・感覚を理解する「努力」をし、市場に適応しなければならない。そうでなければ、婚活市場で不良債権化を起こすという、いわばギロチンの刑が待っているのだ。

マッチングの結果を待つ間の杏子は、真剣にそんなロジックに頭を悩ませ、身震いしていた。それは、今の会社の内定を待っていたときよりも、ずっとずっと緊張感があった。「意外です……。正木さんが、もう一度杏子さん会いたいと言っています。杏子さんは、いかがですか?」。

そんな矢先に、直人にそう報告され、杏子は天にも昇るような嬉しさに包まれた。まるで、新入社員の頃に初めて営業が成功したときのような、新鮮な達成感を感じる。

「え……!それって、私のこと気に入ったってことですよね……?」

「そういうことになります。少なくとも、今の時点では。杏子さんも前向きに検討するのであれば、電話番号を正木さんにお伝えします。2回目の面会日時は、正木さんからの連絡をお待ちください」

「え、次は直人さん、一緒に来ないんですか?」

「当り前でしょう。1回目の面会で、一応アイスブレークは果たしたことになります。この先僕が同行しても、逆に進展しませんよ。恐らく次の面会は、ディナーに誘われると思います。もう少し、お互いの関係を深めるために」

「へぇ、では、その後はもう私たち次第なんですね……」。杏子は、ついつい自分の口元が緩んでしまうのを感じる。やはり、自分はまだ捨てたものではない。正木は少々幼い性格ではあるが、スペック的には「イケメンのボンボン医師」だ。相手にとって不足はない。

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