ISS滞在中、東覚と頻繁にやりとりした野口聡一宇宙飛行士は「リーダーシップを発揮する『親分肌』。彼が地上で見守ってくれると絶対的な安心感がある」と絶大な信頼を寄せる。一見おっとりした顔立ちながら、志し高く仕事に邁進するあまり、管制官たちに厳しく檄を飛ばす”鬼軍曹”のような親分として恐れられる。
絶対的に強い相手と戦うには
東覚が戦う相手は、主にNASAのフライトディレクターだ。ISSではNASAが全体の取りまとめを担当。宇宙飛行士の作業時間、通信、電力を米国、日本、欧州、カナダでどう配分するかの最終決定権をNASAが握る。特に宇宙飛行士の作業時間は「激戦区」だ。
NASAのフライトディレクターと言えば、アポロ13号で宇宙飛行士が直面した絶体絶命の危機を救い映画にもなった伝説のフライトディレクター、ジーン・クランツを思い浮かべる方も多いだろう。その歴史と経験を受け継ぐ誇り高きプロたちに、どうやって戦いを挑むのか。
「どういう『攻め方』で行くかは相手次第です」と東覚は言う。宇宙飛行士の船長にさまざまなタイプがいるように、フライトディレクターも個性豊か。「任せてくれる人もいれば、1つひとつの作業を事細かに聞いてくる人もいる。相手によって対応策を考えます」
セオリーはない。だが、交渉のときに「ここまでは絶対に死守する」というラインは決めておく。そのうえで「なぜ今、宇宙飛行士がその作業を行う必要があるか」という根拠を論理的に伝える。緊急性や優先順位、実験ならばサイエンスの価値。宇宙実験の場合、30分後にその作業をしてもらわないと、意味がなくなるという切羽詰まった状況も起こるので、簡潔にわかりやすく伝えなければならない。
NASAのフライトディレクターはISSのまとめ役という意味で、立場的には東覚より上だ。中には上から目線の人もいる。「そこでおじけづけば負けてしまう。説得するための意志の強さが必要です」(東覚)。かといって、押してばかりでも駄目だという。
「相手だって、スケジュールなどさまざまな制約を抱えている。反対する根拠があれば、収めるところは収めてあげる。バランスが大事です」(東覚)。押したり引いたり違う角度から攻めたり。そのバランス感覚は経験でつかんでいくところが多い。東覚も最初はNASAに怒られてばかりで、要求しても“蹴られる”ことが圧倒的に多かった。だが負けられない理由があった。
“中間管理職”は負けられない
「負ければ背後から責められます」(東覚)。東覚の後ろには、管制官たちや実験チームが控えている。たとえば機器が故障して修理の時間をどうしても緊急に取ってほしいという場合。管制官から要望を受けた東覚が、NASAフライトディレクターとの交渉に挑む。
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