山本監督の「行けたら行け」はなぜ問題か?

バス会社における「行けたら行け」を考える

これがもし命令だったら話は単純です。やるしかありません。いざというときは政府の保証の下で、現場は思い切って動きます(自衛隊や警察と同じです)。むしろ現場に判断を任せられるより命令を出してもらい、そのバックアップ態勢、要するに責任を取ってもらうというのが正しい姿勢だったのではないかとも思います。

でも、そこで出たのは強制力のない、現場任せの打診であり要請でした。

安全が全く確認できない仕事に、大切な乗務員を駆り出せるのか。駆り出せたとして、誰を行かせるのか。現実にその命を危険にさらせる権利が会社にあるのか……。

結局、現地のバス会社は自主判断で動きました。住民の避難の流れに逆行するように避難区域に向かい、避難輸送を決行しました。

この話は、別に当時の政府筋の担当の対応をおとしめるものでもありませんし、バス会社を持ち上げるものでもありません。また、変に格好つけていると思われたくないのであらかじめ書いておきますが、会津にある当社は道路事情もあり、このタイミングでは十分に活躍できず、これらの崇高な取り組みを直接的に行ったわけではありません。

何が言いたいかというと、つまるところ「行けたら行け」というのは、局面次第ではかくも無責任なものです。「行けたら行け」という表現は、ニュアンス的には価値中立的にも聞こえるので、毒にも薬にもならないようにも思えるのですが、むしろ有害ですらあります。

強烈なリーダーシップへの渇望

ここまでの例は特殊かもしれませんが、「行けたら行け」を有害に感じるのは、われわれの深層心理にも起因しているようにも思います。

花粉、PM2.5、黄砂……、この季節、マスクをしていていつも思うのですが、息苦しいのはうっとうしいし、でも一方で粒子を通してもらっても困ります。息苦しくなく、でもきちんと密封する。私は、マスクをしながら矛盾する機能の両立を求めています。

仕事でもそうです。私は(本音では)つねに自由にありたいという思いと、自由に伴う責任から逃れたいという気持ちがいつも葛藤しています。食事に行くと、好きなものを選びたい気持ちと、選択肢が多すぎるので選んでほしいという気持ちがつねにせめぎ合っています。

そんな葛藤の先にある深層心理は、強烈なリーダーシップへの渇望ではないでしょうか。

「行けたら行け」なんて中途半端なことを言うなよ。決めてほしいんだよ。責任から逃れたいんだよ。迷いたくないんだよ……。これこそがまさに理屈を超えた、「行けたら行け」への嫌悪感なのかもしれません。

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