若き「独立時計師」のクレイジーすぎる挑戦 1800万円の腕時計も通過点に過ぎない

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菊野の作品の中で最も複雑な機構を持つこの時計は1本を作るのに1年を要し、価格は1800万円という超高級時計だ。

菊野がそれまでに売ったのは、800万円の時計が1本と、100万円の時計が7本。実績だけを見れば、この時点で1800万円の時計を投入するのは、無謀にすら思える。

菊野自身、「経営の勉強をしている人から見たら、何でそんなことをするのか、ということばかりでしょうね」と認めるが、戦略など関係なく、最難関、最高級の時計を作ることに迷いはなかった。なぜなら、菊野にとってそれが一番ワクワクすることだったから。

この冒険を、支える人がいた。「和時計・改」が欲しい、という人が2人、現れたのである。これまでどこにも存在しなかった、そして誰にも真似できない時計が欲しいという愛好家の琴線に触れたのだろう。この注文を受け、菊野は現在、「和時計・改」の製作にあたっており、1本は今秋、もう1本は来年夏に完成を迎える。

時空を超えた挑戦

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最も複雑な機構を持つこの時計は、1本を作るのに1年を要し、価格は1800万円という超高級時計だ(提供:菊野昌宏)

「和時計・改」は、今の菊野が持つすべての技術を投じた集大成といえる作品だ。しかし、それも通過点に過ぎない。菊野はあるアイデアを温めている。

「ごく一部ですが、これまでの僕の時計は既存の部品を使ってきました。でも、近い将来には、100%手作りしたい。そして、江戸時代の和時計を、当時のやり方、同じ道具で作ってみたい。売れるかどうかわからないし、その良さをわかる人がいるのかすらわからない突き抜けた世界になってしまうけど、そういうクレイジーな挑戦をしたいんです。売れるものをただ作るだけの人生なら面白くない」

現在、世界に34人しかいない独立時計師。一般的な時計を作っているそのメンバーの中に、全ての部品を手作りしている者はほとんどいない。なぜなら、それが極めて難しいことであると同時に、非効率で、非合理的だからだ。

さらに江戸時代の和時計を江戸時代の手法で作るともなれば、空前絶後の酔狂な試みといえるだろう。しかも、菊野が目指しているのは、当時の頂点だ。経験も、師匠も、資金もなく、独立時計師の道を諦めかけていた学生時代に、「時計は作り得るもの」と括目させられた和時計の最高傑作、万年時計。菊野は、その作家、田中久重の名を挙げた。

「もし久重が見たら、おお! と驚くような時計を作りたいんです」

江戸の天才発明家、田中久重を驚嘆させるのはさぞかしハードルが高いだろう。この時空を超えた挑戦は、まだ始まったばかりだ。

川内 イオ フリーライター

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かわうち いお / Io Kawauchi

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年夏、バルセロナに移住し、スペインサッカーを中心に各種媒体に寄稿。2010年夏に帰国後は、編集者としてデジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部で勤務。2013年6月より、フリーランスのエディター&ライター&イベントコーディネーターとして活動中。スポーツ、旅、ビジネスの分野で輝く才能やアイデアを追って各地を巡る。

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