やはり大事なのは事前準備だ。宇宙飛行士が行う実験の手順書は、地上のエンジニアチームが練り上げて作成するため、基本的に宇宙飛行士は手順書通りにやれば問題ない。だが、星出はもう一歩突っ込む。訓練担当者曰く「操作の目的と装置の構造を把握して、『よりよい手順はないか』を常に模索する」というのだ。
これが星出飛行士の特徴のひとつだ。実は星出は宇宙飛行士になる前、NASDA(現JAXA)職員として、若田光一宇宙飛行士の訓練をサポートしていた経験がある。
当時はまだ、日本で宇宙飛行士の訓練手法が確立されていなかった時代。NASAの訓練から多くを学び、宇宙飛行士となった今も「効果的な訓練を訓練チームと共に開発する」という意識が高い。だから宇宙での手際がずば抜けてよくなるのだろう。
宇宙での作業は1人でできるものだけではない。例えば星出が宇宙に行ってすぐの大仕事は、日本の貨物船「こうのとり」3号を捕獲する作業だ。この仕事が失敗すると後に続く仕事計画がドミノ倒しのように崩れてしまう。失敗は許されなかった。
宇宙空間を秒速約8kmもの猛スピードで飛ぶISSと、「こうのとり」が速度を合わせて飛行し、99秒という短い時間にロボットアームでそっとつかむには、高い技術力が必要だ。操作を誤って「こうのとり」がISSに衝突すれば、構造物を破壊し、大惨事になりかねない。精密な操作はもちろん、星出とペアで作業をすることになっていたNASAのジョセフ・アカバ飛行士との協調作業が鍵となる。だが問題があった。
「ジョー(アカバ飛行士)が私より2カ月前に宇宙に旅立ったために、2人揃った最後の訓練は何カ月も前でした。そこで私が宇宙に到着してから、2人で訓練する時間が計画されました」(星出)
訓練は地上で行うものと思われがちだが、作業によっては実は宇宙飛行士たちは宇宙に行ってからも訓練を行う。
宇宙飛行士が行う1日の作業スケジュールは国際調整により、数十分ごとにびっしり決められている。その中で、訓練に時間を割くのは容易ではない。何をどこまで訓練しないといけないかは取捨選択され、どうしても必要な訓練だけを重点的に行う。
星出がISSに到着した翌日から、「こうのとり」ドッキングに備えた訓練が計画された。作業分担や連携操作、何かトラブルがあった場合、どう対処するかを確認しあい、リハーサルまで集中して特訓。こうした直前の作業確認の結果、「こうのとり」3号の捕獲作業は成功裡に終わる。
宇宙で「ノー残業」という、知られざる挑戦
地上での周到な準備、宇宙での直前のすりあわせ、そして3つ目の鍵として星出があげたのがチームワークだ。
実は、星出らのチームワークを高めたのは、意外なことに「ノー残業」の取り決めだった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら