貧困の多くは「脳のトラブル」に起因している

「見えない苦しみ」ほど過酷なものはない

そこでガマグチである。これならば、もう自分でカネを数えるのをあきらめて店員に財布を差し出して数えてもらえばいいし、札で出してお釣りを財布に戻してもらってもいい。リハビリを経て現在ではほぼ社会復帰できているが、今でもガマグチをお守りとして持ち歩いている。

それなりに地獄のような苦しさを伴う経験だったが、この脳梗塞発症は、僕にとっては本当に僥倖だった。なぜならば、この小銭が出せなかったりレジ前でパニックや感情の爆発を起こしてしまうという人たちを、僕はそれまでの貧困者や面倒くさい人たちの取材の中で、何度も見てきたからだった。

話すことの順序が立てられず、声が出ない

高次脳機能障害になった僕の行動は、そして訴える苦しさの内容は、驚くほどに彼ら彼女らに酷似していた。僕を襲った症状は、いわば「貧困当事者あるある大事典」みたいなものだった。

心の中がつねに何かでいっぱいで、何を見ても号泣してしまう発作。発作の後に訪れる、身体を縦にしていることもまぶたを開けていることも困難な極度の疲労感や虚脱感、猛烈な睡魔。

人に何かを合理的に説明しようとしても、何から話せばいいのかの順序が立てられず、声が出ない。出ない声にまごまごしているうちに、相手に言葉をかぶせられて、焦りといらだちと情けなさと悲しさがごっちゃになった、もう意味のわからないパニックになってしまう。

長文を読むと3行で睡魔が襲ってくるし、漫画を読もうにもそのセリフ、そのコマの次にどこを読めばいいのかわからなくなる。

理由のない不安の発作が始まると、サランラップで全身をぐるぐる巻きにされたように息が詰まり、窒息しそうな苦しみから逃れられない。それが不安なのかもわからない。

こんな僕の症状は、僕がこれまでの貧困者取材の中でさんざん聞き取ってきたものだった。

リハビリや妻と友人の支えで、この苦しさは徐々に緩和されはした。が、僕のデジカメの中に、入院中の僕が自分自身を写した1枚の写真がある。幸い下肢にマヒの出なかった僕は、入院中から再発予防と減量のためのウォーキングを始めていたのだが、病院のガラス窓に映る自分を写したその写真の僕は、おそらく誰もが「健康体」と太鼓判を押しそうな姿だ。

お気に入りのモントレイルのジョギングシューズに、短パンとパーカーのセットアップ。ジョギングキャップをかぶった顔は健康的に日焼けしていて、駄目押しに無駄に鍛えた足で片足ひざ抱えのバランス姿勢まで取っている。

だがこの健康優良そのものの僕の当事者認識は、じっとしていれば呼吸困難になりそうな閉塞感や理由のない焦燥感にさいなまれ、ウォーキングしながら聞くラジオに流れる曲にいちいち大粒の涙を流し、話そうにも言葉にならず、むしろ言葉がつらいなら一生黙っていようかと思うようなこともある、そんな状態だったのだ。

フリーのルポライターという稼業で、預貯金もしてきて、支えてくれる周囲がいたからこそ僕は復帰できた。だが、およそ世の中にある多くの仕事についていたら、僕はまだまだ社会復帰できていないだろうし、支えと準備がなかったら確実に自身が貧困者になっていたことだと思う。どう見ても健常者の外見だったにもかかわらずだ。

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