貧困の多くは「脳のトラブル」に起因している 「見えない苦しみ」ほど過酷なものはない

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だが実家に戻るも母との関係がよくなるわけでもなく、大きなお腹で殴り合いの取っ組み合いになったりもした。幸い母親は暴力彼氏とは別れて独り身だったが、このあたりからハモちゃんの記憶は飛び飛びで、説明もいまいち要領を得ていなくて、正確に起こった出来事を聞き取ることはできなかった。

「それから子供はどうしたの?」

「1回はお母ちゃんに取られた。お母ちゃんが育てるからあたしは出て行って働いてカネだけ送金しろって言われて、それで中洲に戻ってやっぱ風俗」

「それがなんで、今、横浜なの?」

「先月、お母ちゃんの家から子供さらって来て、それで今横浜のお店でお世話になってる。寮あって、託児ある店だから。でも子供は年中熱出すし、欠勤多いなら寮出ていけって言われるし」

15分で済む内容を4時間かかった

話の内容をまとめて話せば15分ほどで済んだ内容だったが、ハモちゃんがこれだけのことを僕に伝えるのには、実に4時間以上かかった。その姿は、あまりにもかつてのハモちゃんとは別人すぎた。話しながら嗚咽が止まらなくなったり、母親に対する呪詛の言葉の発作にハマってしまって顔を真っ赤にしてぶつぶつ言い続けたり、ふとしばらく黙ってうつむいているなと思えばクークーと寝息を立てて熟睡モード。

ドリンクバーの前で盛大にグラスを落として割ったり、ハアハアと息が荒くなって「無理ちょっとつらい」と言ってファミレスのシートに寝転んで「無理無理無理無理」とつぶやきながら衆目など意に介さず服をたくし上げて腹をかきむしる。

今の急場さえしのげば、昔のように出会い系サイトで客を引き、太い客の愛人にでもなってなんとか再起を図れるとハモちゃんは言った。横浜の風俗の客も何人か裏引き(店を通さずに直接客と売春すること)しているというから、退寮を迫られている理由はそれがバレているからかもしれない。

それにしても、本当にこれがあのハモちゃんと同一人物なのだろうか? 援デリ経営者時代、僕はハモちゃんは「勝ち抜け組」だと思っていた。この容姿と利発さがあれば、どんな道でもやっていける。僕の取材する売春からも抜け出せない貧困少女たちとは別格なのだと思っていた。

どうしてこうなったのだろう。聞けば福岡時代に精神科にかかっていて、処方された薬を服用していたが、横浜に来てからは病院にはかかっていないし、服薬もしていないという。だがこの取材当時の僕は、まず処方系の精神薬の強い副作用ではないかなどと疑ったりもした。

結局、ハモちゃんは、この日を境に連絡が取れなくなってしまった。

たった数年で、別人になってしまったハモちゃん。こうやって彼女を思い起こしているだけで、僕自身が少しパニックを起こしそうになる。わかってあげられなかった慙愧(ざんき)に、わが身を切り刻みたくなる。

ハモちゃんどんなにつらかったんだろう。無神経にトラウマをほじくり返して聞く僕に、たった数万円の取材謝礼のために、どれほど耐えて、あんなにも混乱しつつ、つらい記憶を話してくれたのだろう。

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