だが、なぜ脳梗塞になった僕の当事者認識が、貧困者取材での聞き取りとここまで符合したのだろう。ここにいくつかの推論を立てることができる。
第1の推論は、そもそも精神疾患にせよ脳外傷にせよ発達障害にせよ、それらのボーダーラインにせよ、理由はどうあれ脳に何らかのトラブルを抱えた当事者の認識や苦しさには、共通性があるのではないかということ。僕の場合は脳梗塞を原因として右脳の神経細胞の一部が壊死したが、原因を問わず脳がダメージを負った結果には共通性があるのではないかということだ。
ちなみにそうした彼ら彼女らを、僕はこれまで「面倒くさそうに見えるけど、実際は精神疾患や発達障害のボーダーにあるっぽい人たち」みたいなあいまいなくくりで著作に表現してきた。さらにこれまたあいまいに彼らの苦しみが不過視化しているなどと偉そうに書いてきたが、本当になんという知ったかぶり野郎かと、過去の自分を罵倒したくなる。
なぜならば、そもそもその見えない苦しみというものが、これほどまでに過酷であることを、僕は知らなかったからだ。こんな苦しみが緩和されずに、痛みを緩和してくれる支援者もなく孤独の中でずっと何年も続くなら、僕は間違いなく自殺の道を選んだと思うし、実際、脳梗塞後の高次脳機能障害者の自殺率は残酷なほど有意に上昇する事実がある。
第2の推論というか提議は、ボーダーラインにせよ診断できるものにせよ、「障害が先か貧困が先か」である。
ひとりの元売春少女の事例を出したい。また売春かと言われそうだが、売春の当事者取材が専門の記者なのだからご容赦いただきたい。
援デリに所属して3カ月で経営側に
2007年時点で17歳だったハモちゃんは、東京近郊で活動する未成年援デリの「経営者」だった。福岡県出身の母子家庭育ち。母親の彼氏の暴力が嫌で16歳の冬に家出し、福岡市天神で道端の男に身体を売ったカネで名古屋に行き、名古屋のスカウトマン経由で東京近郊の援デリ業者につながるという、複雑ながらも家出援デリ少女にありがちな遍歴の持ち主だった。
上京後に所属した援デリで、所属からたった3カ月で経営側に駆け上がれた理由は、ハモちゃん自身が読者モデルばりに容姿がよかったことでも、所属した援デリ部隊の打ち子(売春のキャスティングスタッフ)の彼女になったからでもなく、めちゃめちゃ切れるその頭脳が要因だったように思う。
売春当事者だった少女が経営側に回るとよくやるのが、月イチの性病検査のカネを部隊から出そうとか、レギュラーの子には生理休暇中の保証料を出そうとか、働く少女側の待遇改善を主軸にした内部改革なのだが、ハモちゃんの場合はそれが徹底していた。
ハモちゃんは、6人の家出少女仲間を統括する経営者となったが、ケツモチの本部(当時の援デリはこうした小さなユニットをいくつか抱えた本部業者がいることがあった)に上げるカネを週に最低○万円という固定額にすることを本部に交渉した。実際はその交渉は通らなかったのだが、次は売春の現場に立つ6人の日給を一律化することにした。つまり、容姿的に劣ってあまり稼げない子と、稼げる子の日当を同じにしてあげたのだ。
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