しかしEUにとって、この動きは格別に難しい。実際、この動きによってEUが根本から覆されるのだ。結局のところ、EUとは代表民主制の究極形態だ。個人の権利、少数派の保護、市場に基づく経済など、自由主義の中心的な価値を掲げる啓蒙的な同盟なのである。
しかし、EUの代表者は、ある種の「超エリート」が一般市民とはかけ離れた場所で政治を司っているとの見方を生み出してしまった。それが国家主義派にとっては、反EU運動を行う格好の材料となっている。
現在の欧州では、外交と民衆という2つのビジョンが対立している。EU創設の父であるジャン・モネが具体化した外交政策は、重要で慎重に扱うべき課題の解決を民衆から切り離し、官僚による密室での取引に委ねた。しかし、EU離脱派の先陣となった英独立党などは、このモネのやり方を逆にしたかのように民衆的なビジョンを掲げてTTIPやウクライナとの関係強化協定などの外交問題を取り上げ、意図的にそれらを政治化させている。
外交的な欧州は和解を模索しているが、民衆的な欧州は対極化に向かっている。外交は双方に利益をもたらすものだが、直接民主制はゼロサムだ。外交術は熱を冷まそうとするが、民衆的な手法は熱を高める。外交官は互いに調整可能だが、国民投票は一方的かつ固定的な手法であり、政治的課題の解決に必要な調整を行ってクリエイティブな打開案を見いだせる余地を残さない。民衆的な欧州では、連帯することは不可能なのだ。
流れは「統合」から「分裂阻止」に一転
欧州で外交的ビジョンを離脱する動きは、フランスとオランダの国民投票で欧州憲法条約の批准が否決された12年あまり前に始まった。そして今回の英国での国民投票により、統合は欧州最大の課題ではなくなった。むしろ、これまでの統合への成果を覆し、欧州を昔の状態に戻そうと気勢を上げている勢力と闘わなければならない。この方向性がいかに危険であるかを認識するために、EU発足前の状況を思い出す必要がある。
権力が分散して政府が重要な決定を行えない「ビトークラシー(拒否権主義)」時代が新たに到来したことで、啓蒙的な欧州の形成を確固たるものにした外交術は機能不全に陥ってしまった。欧州懐疑派が英国で勢いを得たのを受け、拒否権主義は従来になく強まるだろう。貿易政策や移民問題などに関する直接投票が行われれば、欧州の代表民主制は台無しになってしまう。EU加盟の是非を問う直接投票が、EU自体の存立を脅かすように。
ノーベル賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴの人気小説では、イベリア半島が欧州本土から切り離され、流されてしまう。この大陸に国民投票の津波が押し寄せれば、この小説は預言の書だとされるかもしれない。
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