年収1000万への執着を消した新妻の「金言」

稼げる仕事とモテに縛られた人生が変わった

当時38歳になっていた太一さんは「そろそろ結婚しなくちゃ」というぼんやりとした意識はあった。留美子さんには淡い好意も抱いていた。他の女性たちとの交際はうまくいかなかった。ならば留美子さんの告白を素直に受け入れればいいではないか。

しかし、こじらせ男子が急に「大人の男性」に変身することはできない。楽しいデートは重ねているのに態度をはっきりさせず、告白に対しては「ちょっと待って」などと謎の保留をした。

告白もプロポーズも「妻から」

ここで留美子さんが「男気」を発揮する。いつもデートで連れて来ていた愛犬をダシにして「私と離れるということはこの犬とも会えなくなるんだよ。それでいいの?」と冗談を言って太一さんをリラックスさせた後、「3カ月だけ付き合ってよ」と提案したのだ。結果として翌年には同棲を始め、結婚する運びとなった。

「プロポーズも妻からでした。一緒に耕していた市民農園に向かう途中だったと覚えています。『結婚しよう。あなたみたいな人(の結婚相手)は私しかいないよ』と言われました」

なかなかできることではないと思う。フラれて傷つくリスクはすべて負いつつ、「同棲までして結婚してくれないの」などという脅迫めいたことは口にしない。カッコいい女性である。苦しい離婚経験が留美子さんを強くしたのだとしたら、失敗も無駄ではなかったのだ。

「2人でカラオケに行ったとき、AIの『Story』という曲を歌ってくれたんです。私がキミを守るから、という曲ですね。11才も年下の彼女に『守るよ』と言われて安心してしまいました(笑)」

当時、太一さんは会社で幹部社員として辣腕を振るっていた。ただし、内面では親をはじめとする周囲からの評価ばかりを気にする弱さを抱えていたのだ。フリーアナウンサーという華やかな仕事をしながらもブランドの洋服などには一切興味を示さず、地に足をつけて生活をしている留美子さんとの相性は良かったのかもしれない。

「妻と結婚していなかったら会社を辞めるという決断はできませんでした。TV番組作りも好きだし、数人の頃から在籍してきた会社のことも大好きだし、男は稼がないとダメだと思っていたからです。稼がないと東京の高い家賃も払えません。

でも、40歳になったときに、これからどう生きていこうかと考え直しました。私は人が良くなっていくことに携わりたい」

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