AKB48のルーツは京都花街にアリ!?(下) 「会いに行けるアイドル」というビジネスシステム

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自前の劇場だからこそ、未熟なメンバーも舞台に立てる

AKB48は、まずは研究生からスタートし、歌や踊りのレッスンを受けます。同じように、舞妓さんになりたいと京都にやってきた10代半ばの少女たちも、置屋さんに「仕込みさん」として受け入れられると、日本舞踊のお稽古が必須です。

AKB48も舞妓さんも、すでに歌や踊りなど求められる基礎技能が十二分に高い人が、キャリアのスタートに立つというわけではありません。ここに、両者の重要な共通点を見いだすことができます。

ですから、デビューまでの限られた短い期間に、一定レベルまで基礎技能を上達させ、さらにお客さまが納得するレベルまで、高めていくことが必要になります。そのために教育の仕組みが充実している点は、AKB48も京都花街も共通です。

でも、これだけでは不十分なのです。練習ではうまく踊れても、現場で一緒にチームを組むメンバーときちんとそろわなかったら、高い顧客満足度にはつながりません。若い人が一生懸命努力する姿はとても美しいですが、プロである以上は、要求されるレベルの技能をチームとして発揮してこそ、お客さまから評価されるのです。

そのためには、経験が必要です。ですから、まだ十分なレベルにまで育成されていなかったとしても、技能レベルを上げるためには、基礎教育訓練だけでなく、質のよい現場経験を積むことも必要になります。

その場が、自前の劇場での興行なのです。人材を育てるために、自分たちが運営する劇場で、自分たちの育成する人材に興行の経験を踏ませるようにしているのです。だからこそ、AKB48で研究生が秋葉原の専用劇場の舞台に立てたり(AKB48を卒業すると専用劇場の舞台には立てなくなります)、京都花街の踊りの会で、新人の舞妓さんにも何らかの役割が与えられたり(芸舞妓を引退すると踊りの会には出演できません)するのです。

興行という現場経験を通じて、技能育成の学習サイクルが自然と回るようになっています。それを図解したのが、右の図、T(D)WCAのサイクルです。さらに、技能を伸ばし、定着させるこのサイクルを円滑に回せるようになるために、舞妓さんは周囲の人から、キャリア形成に応じた「言葉」もかけられています。

興行ですからもちろん完成度の高さは要求されますが、一方で、自前の劇場だからこそ、興行主自らの判断で、場合によっては興行そのものの完成度の高さを優先しない演目も提供することが可能になるのです。

失敗経験をも「コンテンツ」にする仕組み

さて、舞台は一発勝負。やり直しができません。ですから、興行の場で、練習の成果が十分に発揮できなかったり、メンバーと振りが合わなかったり、そんな失敗も生じます。そしてそれは舞台上の本人がいちばんわかります。

こうした失敗は褒められたものではありませんが、失敗経験があることで、自分の足りないところが明確にわかり、何をどう伸ばそうかという意欲ややる気が出てきます。

誰でも最初から能力が高いわけではなく、失敗経験を糧に、自分のなりたい未来を描き、明確な目標を設定して継続的に努力することが、結果を生み出します。

実は専用劇場での興行は、この失敗経験をある程度大目に見てもらえる仕組みでもあります。次の舞台に期待するという観客の気持ちが、身近に通える専用劇場だからこそ生まれてくるからです。「会いに行けるアイドル」を、自分たちが見守り育てようという気持ちが観客側にも育まれて、また劇場に足を向けようという気持ちを生み出します。

既刊『舞妓の言葉』では、舞妓さんを一流に育てる叡智を美しい京ことばとともに解説している。

興行主は興行だけの収益性を追求せず、興行に人材育成の機能も持たせる。観客は未熟な若い人材の成長を楽しみ、それを目的に劇場に集う。自前劇場で、所属する人材のチームでの興行にこだわるAKB48と京都花街には、そんな共通の人材育成とビジネスのシステムがあるのです。

次回は、自分の失敗経験をどう前向きに転換して今後のキャリア形成に活かすのか、若い人の可能性を広げていく舞妓さんの育成の知恵を紹介しながら、考えていきます。

西尾 久美子 京都女子大学現代社会学部准教授

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にしお くみこ / Kumiko Nishio


京都女子大学現代社会学部准教授
京都市下京区で数代続いた米穀商の家に生まれる。京都府立大学女子短期大学部卒業後、大阪ガス株式会社勤務、滋賀大学経済学部を経て、2006年3月神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期修了、博士(経営学)。神戸大学大学院経営学研究科助手、神戸大学大学院経営学研究科COE研究員を経て、2008年 4月より現職。専門は経営組織論、キャリア論。
著書に『京都花街の経営学』(東洋経済新報社、2007年)、『舞妓の言葉』(東洋経済新報社、2012年)などがある。

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