崎陽軒や弁松のお弁当に感じる文化と郷愁 ぜいたくでなくても美味いものは美味い

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一方でお弁当は、味気ない食生活の代名詞になる危険性もある。現実に、料理に対しても、食べる人に対しても、愛情の欠片も感じられない経済合理性だけを考えて大量生産されたお弁当が多数出回っている。食事時間の短縮と食事を作る手間を省くためだけにお弁当を食べるというのでは悲し過ぎる。お弁当を愛する者としては耐えられない。

母親の愛情が込められた「お守り」

私のお弁当の最初の記憶は幼稚園に入った時、要するに初めて家を離れて社会生活というものを始める、家庭以外の“世界”に触れ始めた時だ。母が用意してくれたお弁当箱は小判形のブルーで、蓋にバンビの絵が描かれたものだった。おかずは玉子焼きやミートボール、ケチャップで和えたマカロニ、鶏そぼろと炒り玉子、サヤエンドウの茹でたものをご飯の上に載せた、通称三色御飯も母のお得意だった。

幼い私にとってバスケットの中のお弁当は単なる昼食ではなかった。一人で社会に放り出された不安の中で、母親の愛情が込められた“お守り”のようなものだった。やがて時が経ち、高校生になった時、母親の作るお弁当が鬱陶しくなって、「もう弁当はいらない」と言った。その日からも随分と時が流れた……。

ミラノのG. LORENZIは2014年の2月に閉店してしまった。実は僕はこの店に行ったことはない。いつか行って、思い切り買い物をしてみたいと思っていた憧れの店は幻の店になってしまった。『GQ』読者なら御記憶の方もあろうかと思うが、私が男として敬愛して止まなかった渡邊かをるさんは、本誌のコラムで「G. LORENZIで何も買わず出てくるような男は認めない」とお書きになった。そのかをるさんも今年の早春に亡くなってしまった……。

淋しい限りである。今日は久し振りに弁松の弁当を買ってこようか……甘辛い煮物を肴に菊正宗をヒヤでやろう。G. LORENZIとかをるさんを偲んで。

(文・河毛俊作)

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