「ファン重視で急成長」の会社はココまでやる 「冷たい視線」をも受け入れる覚悟

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その後、彼らはローソンとの共同開発製品発売の折に、YouTube Liveなどを使って、ファンと一緒に乾杯するイベントを始めた。これがローソン史上最もネットで話題となり、大手ビールメーカーに並ぶ売上につながった。

「つまみ出されたら金一封」

自社や、自社の顧客のキャラクターを設定し、それにあわせ、全社員でコミュニケーションをとっていく。その手法を社員皆で共有する――まさに会社の思考回路を変えることにより生まれた結果だ。「フレンドリーに」といった標語を掲げても達成できるものではない。仮装などは、間違いなく、井手社長が社員向けに行っているパフォーマンスでもあるだろう。

少々思い切った実験にも思える。ファン以外の方の反応はどうだったのか。

「楽天さんからは、最初『予定外の行動は避けていただけると……』と、やんわり釘を刺されました(笑)。でも真意を説明すると協力的になってくださった。今は三木谷社長も、ヤッホーブルーイングの登場前になると『今年は何?』と楽しみにしているらしいですね」

ほかの表彰でも、戸惑われることは多数あるし、一度だけ、汚いものでも見るような目で見られたこともある、とは言う。だが、井手氏は「これでよかったんです」と話す。「無難」という思考回路をあえて拒否し、それにより共感を呼ぶ。こうでもしなければ、小さなメーカーは生き残れない、という確信があるからだ。

それを一番よく理解していたのは、親会社・星野リゾートの星野佳路代表だ。

井手氏には忘れられない思い出がある。星野氏が、グループ全社員に送るメールで、こんな話を書いてきたことがあった。

星野氏が新幹線に乗っていると、着物をまとった、上品な年配の女性と隣り合わせた。ところが、星野氏はふと気付いた。女性の頭に……。
インコが乗っている!
星野氏は「何かの間違いかもしれない」と考え込んだ。でも婦人は変わった様子もなく、本を読んでいる。星野氏はインコが動かないのを見て、「髪飾りなのかもしれない」と思い直した。だが……。インコが動いた!
星野氏はたまらず聞いた。
「なぜ、インコを頭に乗せていらっしゃるのですか?」
すると、ご婦人は上品な笑顔で、こう答えた。
「かわいいでしょ? おりこうなんですよ」

 

答えになっていない!――そして星野氏は「これこそ知的な変わり者だ」と評した。なぜそんなことをするのか気になる。だが、話を聞けばインコへの愛情が行き過ぎてのこととわかる。すると、場合によっては興味が湧く。

「無難」になってはいけない。「無難」な思考回路は、むしろ判断停止に過ぎない……。

「その後、星野は、楽天市場さんのイベントから『つまみ出されたら金一封』と送ってきました。もちろん彼なりの冗談なのですが、これはうれしかった(笑)」

企業の思考回路ごと変えよう、という井手氏と星野氏の思いが伝わってくるエピソードではないか。

(写真提供:ヤッホーブルーイング)

夏目 幸明 経済ジャーナリスト

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なつめ ゆきあき / Yukiaki Natsume

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載になっており、ほか『ダイヤモンドオンライン』の「ヒット商品開発の舞台裏」等も連載。著書は『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(井手社長の口述を筆記)ほか多数。

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