では、そんな交渉がなぜ、合意まで4年以上の歳月を費やすことになったのか。
「非常に残念だ」──。日米の航空会社が軒並み今回の合意を歓迎する中、唯一不満をあらわにしたのが米デルタ航空だった。交渉の長期化は、同社が一貫して反対してきたことに起因する。
デルタは成田発着では最も多くの日米路線を有し、アジアへの乗り継ぎ路線も飛ばしている。合併前の旧ノースウエスト航空が戦後、羽田に国際線を飛ばしていたが、1978年に成田を国際線拠点として開港した日本政府の意向に沿って、同空港へ移ってきた経緯があり、歴史は長い。
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