博士にまでなったのに、なぜ報われないのか 当事者に聞く「ポスドク問題」の根深さ
Aさんと話していると、か細いような印象を受けるのだが、これは左耳が難聴で慎重な受け答えをしているからだという。全身から誠実さや礼儀正しさが滲み出ており、就職に苦労をしている、という話はにわかには信じられない。チーム内での連携作業は苦手かもしれないが、責任感を持って1人で研究の成果を出すには十分と見受けられた。しかし、大企業への就職は厳しいようだ。「中小企業からは好感触を得ており、二次面接に進んでいるところもある」と話してくれた。
現在、東大からの給与支給はない。独身であり、埼玉県北部の実家で暮らし続け就職時代の貯金もあるので、これまでのところ、生活はさほど厳しくはないという。だが、40代になってもポスドクをして生活が不安定な人が周囲に多数いるのを見ていると、さすがに就職をしなければ、と思ったようだ。「定年まで技術者、フェローという感じで働いていきたい」。
ポスドク問題についてはどう考えているのだろうか。「大学院を出てスムーズに助教になる人もいる。自分には運と能力が無かったのだろうけど、国がじゃんじゃん金をつぎ込んでくれれば、研究者としてやっていけたのではと思う」。大学での研究生活に後ろ髪をひかれている印象を受けた。
薬剤師には飽き足らず
上智大学理工学部の博士課程1年のBさんは、あごに蓄えたヒゲがたくましい27歳で、福島県双葉町出身。県内の大学在学中に東日本大震災を経験した。薬学を専攻して実験を繰り返すうちに、DNAなどの核酸を使って副作用の少ない抗生物質を開発することに強い関心を持ち、核酸の構造解析を専門に研究できる場所を探して2013年4月に上智大の大学院に入った。同級生の大半は薬剤師になり、大学院に進学したのはBさんだけだという。
Bさんは都内で一人暮らし。「研究は大変で論文をひたすら書くのは辛いが、自分で考えていろいろやって成果が出ると嬉しい。核酸の機能を利用した医薬品には現在、注目され始めており、やりがいがある」と意欲的だ。
しかし、今後の展望は厳しい。「誰が見ても優秀な人であっても、大学で教員になるには3年程度かけて50校くらいを回り、ようやく1つ引っかかるのが実情。この世界で自分は本当にやっていけるのか」と不安を隠さない。
こうした現実を踏まえて「この業界で生き残るには、書いた論文の数が多い方が評価される。博士課程のうちに論文の数を稼いで、いったん企業に入りたい」と将来設計を語る。「自分の興味を追求するだけでは世間に評価されない。社会のニーズやお金の流れをきちんと把握している必要がある。アカデミックの分野に引きこもっているだけではダメ」だからだ。
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