――奨学金制度を批判している人達は、「限られた財源」という考え方自体も間違いとの前提で考えているのでは?
清水の舞台から飛び降りたつもりで、日本は毎年1兆円拠出して、教育に全力で予算を振り向けるんだ、というなら、私も全面給付型にすることは、もちろん大賛成ですよ。返さなくていいわけですから、それはいいに決まっている。
(衆議院議員で前文部科学相の)下村博文さんなんかは、「OECD並みに教育費にかけると考えれば、日本でも10兆円出てくる」と言ってる。じゃあOECD並みに高等教育に10兆円かけてくださいよ、と言いたい。たとえ10年かがりだって構わない。
日本で高等教育に対する公的支出が貧弱なのは、疑いようがない事実です。高等教育費の対GDP比は、ビリが韓国で日本がブービーだった。でも韓国が朴政権になってから、韓国は3分の1くらい給付型奨学金を導入したので、ついに抜かれてしまって、日本は現在最下位ですからね。
――財源の問題はつきまといますけど、教育はそもそも家庭に負担させるべきではないという考え方も多いですね。
確かにフィンランドとか全部給付型だけど、消費税率も高いし、人口は日本の10分の1くらい。要するに国民の同意があるんですよ。
――日本では国民的合意が取れない?
そうでしょうね。なぜかいうと、高等教育機関で勉強する人は日本の社会全体で見れば、多数派というわけではない。消費税を8%から10%に2%上げるだけでも、税と社会保障の一体改革ということでようやく実現したけど、一方では軽減税率で、財源がどんどん取られてしまうという状況なわけですから。今の日本の財政状況からすると、合意を得るのはなかなか難しい。
確かに、日本が教育において経済的な部分のサポートは足りない部分があるのは明らか。でも、裏を返せば、その経済的なサポートさえできれば、ほかの国に比べてまだまだ捨てたもんじゃない。
日本はヨーロッパのような階級社会ではない
――日本とほかの国の最大の相違点は?
奨学金の問題もよくヨーロッパと比較されますけど、ヨーロッパ社会というのは、日本なんかよりはるかに階級社会なんですよ。生まれ落ちた時から「銀のスプーン」をくわえている人もいる。階級という形で格差が社会システムにあらかじめ組み込まれてしまっているんです。
日本では、勉強をしっかりして、真面目であれば、公立の小中高校から東大にだって京大にだって行けるじゃないですか。イギリスだったら、リバプールの港湾労働者のところに生まれたら、たとえばケンブリッジ大学なんて行きたくても行けないわけですよ。
――日本では格差が拡大しているという認識を持っている方が多いと思いますが。
いやいや、日本は世界的に見ればまだまだ平等で、流動性の高い社会だと思います。大学に行くのも自由。奨学金の貸与を受けるのも自由。誰も拘束なんてしてないんですよ。
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