『日本産業社会の「神話」』を書いた小池和男氏(法政大学名誉教授)に聞く
いつからそうなったか。一つの解釈は、雇用機会均等法が1967年にできる。70年代に入ってから、会社側になぜ差をつけたかを立証する責任があるという判決がでた。単純作業だったら立証しやすいが、それはむしろ少ない。
--では欧米の査定が厳しいとなぜ言われたのでしょう。
理由については全然見当がつかない。むしろだから「神話」。日本では差が小さかったので、欧米で少しでも差があれば、かなりあると思ってしまったのではないか。従来、労働経済では大卒ホワイトカラーの研究は少なかった。基本的にブルーカラーが対象だった。アメリカでもイギリスでも中規模以上の組合のあるブルーカラーに査定はない。ちょっと調べればわかること。比較対象ははっきり2種類あり、大卒ホワイトカラーに当たる部分とブルーカラーに当たる部分では全然違う。そのどちらかを聞いてそう思い込んだのではないか。
だれかがそう考えて公表し、それが信用されるようになったのが「神話」だが、これは、だれがイザナギ、イザナミノミコトの話をつくったかわからないのと同じようなものかもしれない。
-長期雇用も「神話」ですね。
長期雇用は勤続年数を比較することでわかる。その国際比較はヨーロッパについてはもう新しいものはでてこない。日本にはいい統計が1954年からあるが、ヨーロッパは72年からで、それもECはやめてしまい、このごろのEUの統計は男女込みになった。そうだとするとつながらないし、つなげても解釈があやしい。それでも、長期雇用の判定で、たとえば45歳まで勤めていた人が今後5年以上勤める割合はどうかなどの比較はある。日本はヨーロッパの長い国とほぼ同じで、特に長いわけではない。ただし、男女込みだとそれは言い切れなくなる。日本の女子の勤続年数が特に短いということはないが、そういう指摘にきちんと答えないといけない。
--このところ非正規社員が急増しているような印象ですが。
歴史的に振り返ると、正規と非正規が明確なのは大企業だけで、中小企業は全員が非正規みたいなもの。中小企業の多くは実際には区別がない。また大企業にしても、たとえば関東でいちばん大きい事業所は旧NKKや旧川崎製鉄だったが、生産労働者はほとんどはまず臨時工から始まった。臨時工としての働きぶりを見て本工昇格試験を勧める。そしてそこから職長がわりと出る。学校から即というのは養成工だけではないか。私自身、よく京浜工業地帯を調査で歩いた。組合の委員長に話を聞くと、初めは臨時工だったという話をしばしば聞く。